この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。
「怖い話、ですか?」
「そうだな、スクーターで遠出している最中に、雪が降り出して……」
「えぅ、もうボケはいいです!」
「そうか?」
「そうですっ!」
そうですか……
なら、こんなお話はいかがでしょうか?
美汐のスクーター日記
『本気で怖い話』
あれは、去年のちょうど今頃。
8月も終わりがけのことでした。
私はやむを得ない事情で、深夜の山道をスクーターで走っていました。
ご存知でしょうか?
この辺りの町はずれの道、それも山間部に入りますと辺りに明かりは全くなく、車の通りも途切れがちになります。
スクーターのヘッドライトのみが頼りという真っ暗な中……
とある峠の難所で、私は事故を起こしているバイクに出会ったのです。
現場は酷い有様で、バイクはグシャグシャ、辺りには黒々とオイル溜まりができあがっていました。
ライダーの姿は見あたりませんでしたが……
とても無事に済んだとは思えません。
バイザーの割れたフルフェイスヘルメットが、道端にぽつんと転がっていて。
私は、何気なくそのヘルメットを手にしたのですが……
「うぐっ」
「……な、なんで黙るのよぅ」
そのヘルメット、ずしりと「重かった」んです。
!!!!!
丁度その時、車が通りがかったのですが、一瞬だけそのヘッドライトに照らされたオイル溜まり……
いえ、オイル溜まりと思い込んでいたものは……
「ぽ、ぽんぽこたぬきさん」
真っ赤でした。
!!!!!!!!
グローブ越しに伝わる、ぬるりとした感触。
あれは、一生忘れられないでしょう。
「え、えぅ、そんなこと言いながら、手をこすらないで下さい! しかもそんな無意識にやっているように!!」
悲鳴は、出ませんでした。
いえ、声を出すこともできなかったんですね。
慌ててヘルメットを放り出すと、スクーターに戻り、その場を逃げ出したんです。
投げ捨てたヘルメットが……
私の背後で、形容しがたい、鈍い、濡れた音を立てました。
「あうあうあうあうあうあうあうあうあうあうぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」
「うぐっ!」
「えぅっ!」
「ど、どうした真琴!」
「あう〜! あう〜!」
「いっ、いかん! 言葉を忘れてるぞ」
「真琴……(きゅっ)」
「天野?」
「こうしたら、落ち着くんです」
「ぁぅ……」
「相沢さん、このお話はここまでにしましょう。真琴がこんなに怖がるとは思いませんでした」
「ボボボボ、ボクも賛成」
「えぅ、私もです」
「はちみつくまさん」
「それではこのお話は……」
「待って」
「香里先輩?」
「こんなお話、中途半端に聞いてたほうが、よっぽど怖いと思うんだけど」
「そそそ、そうかもしれないけど、お姉ちゃん……」
「何よ、そもそも怪談をしようって言い始めたのは栞でしょ」
「そっ、それはそうですけど、まさかここまで凄いなんて……」
「仕方ないわね……(ぎゅっ) これでどう?」
「う、うん。でも離さないでね、お姉ちゃん」
「……もちろんよ」
「ぐしゅぐしゅ、怖いお話は嫌い」
「佐祐理がついてるよ、舞(きゅっ)」
「祐一さん……(ぎゅっ)」
「あああ、秋子さん? いつの間に……」
「あらあら、最初から居ましたよ」
「くー」
「名雪さん、起きてよっ!! ボクを独りにしないで!」
「くー、寝てる私を起こして怖い話を聞かせようなんて、イチゴサンデー10杯でも許さないんだおー」
「うぐぅっ! ボ、ボクだけ、あぶれ者!?」
「……秋子さん、こうなるの分かってて、やりましたね」
「あらあら」
「はぁ…… あゆ、こっちこい」
「い、いいの?」
「ああ(ぎゅっ) これで、怖くないだろ」
「うぐぅ、祐一君が優しいよ」
「失礼な、俺はいつでも優しいぞ(ガシッ、ガシッ)」
「うぐっ?」
「耳を塞いだり、逃げ出したりしないで最後まで聞けるよう、ちゃんと捕まえといてやるからな(ニヤリ)」
「うぐぅ〜〜っ!?」
「なら、私は名雪ですね。この子なら寝ていても聞けるでしょうから……」
「ひどいんだおー」
「はぁ、それでは、その場から逃げ出した所からでしたね……」
とにかく、無我夢中でスクーターを走らせる私でしたが、ここは民家どころか外灯すらない山の中。
助けを求めようにも、人気は無く、
私は、何かに追われるようにアクセルを開き……
……いえ、今思えばあの時既に気付いていたんでしょうね。
「何か」から逃げるためにひたすらスクーターを走らせていたことを。
そうです。
「何か」が居るのです。
私の背後。
スクーターで走っているにも関わらず、ひたりと付いてくる気配。
姿を見たわけでも、物音が聞こえるわけでもない。
でも、何かが居ることだけは分かるのです。
周囲に明かりのない状況では、バックミラーには黒々とした闇が映るだけで……
何度か、振り返ろうとしましたが、できませんでした。
もちろん、確かめるのが怖かったということもありましたが、それだけではなく。
山道を、限界近いスピードで走っているのです。
振り返るには、速度を緩めねばなりません。
その時の私には、それが何より恐ろしかったんです。
一瞬たりともスピードを緩めれば……
その先を考えることすら恐ろしく、全てを振り払うように走り続けるしかありませんでした。
そんな私の焦りとは裏腹に、
人里には、なかなかたどり着きません。
いつもの耳慣れたエンジン音が、やけに頼りなく聞こえ、
限界一杯で走っているというのに、スピード感はまるで感じられず、
夢の中に居るように、
水の中を走ろうとしているかのように、
もどかしい感覚が肌にべったりと張り付いています。
ただ、背後の気配だけが鮮明に感じられて。
そうして、どれだけ走ったのか……
おかしな事に気付きました。
対向車も、追いついてくる車も、1台たりとも出会わないということです。
いくら深夜の山道とは言え、幹線道路です。
時間感覚はとっくにマヒしていて、時計を確かめる余裕もありませんでしたが、これだけ走っても車に出会わないとは思えませんでした。
第一、いくら何でもそろそろ民家の一つも見えていなければならないはず。
焦りが、きわどいところで成り立っていた運転のバランスを崩したのでしょう。
オーバースピードでブラインドコーナーに飛び込んでしまった私を……
まばゆい光が照らし出しました。
トラックです!
ようやく行き会った車でしたが、センターラインをオーバーしそうになっていた私は、慌てて体勢を立て直し……
そして意識が真っ白になりました。
交差する瞬間、見てしまったのです。
今までは、暗くて気付かなかった。
赤黒く染まった私のグローブ。
ヘルメットのバイザーに跳ねていた、赤い点。
絶叫が喉をつき。
狂乱が私を襲いました。
……どれほど走ったのか。
気が付けば、どことも分からぬ、廃道とおぼしき道を走っていました。
私が走っていた道は、こんな所に迷い込むことなど考えられない、完全な一本道だったはずなのに……
道は次第に酷くなっていき、思うようにスピードが出せません。
このままではいけないと思うのですが、
一瞬たりとも止まれない私には、前に進むことしかできません。
止まるのは怖い。
でも、これ以上進めない。
もう、止まってしまって、背後を確かめたい。
でも……やっぱり止まるのは怖い。
……限界でした。
背後の気配は、ますます強まり……
ついに、私は耐えきれず、ブレーキを引いてしまったのです。
がくがくと、常にない無様なブレーキング。
そして……
気が付くと、私は崖っぷちにスクーターを止めていました。
崖崩れが道を崩したのでしょう。
コーナーの出口。
ぱっくりと口を開いたそれを前に、
私は、へたりこんだのでした。
もう少し止まるのが遅かったら、私もあのライダーと同じ所に行ってしまっていたのでしょう。
最後に強まった気配、あれは私を引き留めようとしたのでしょうか?
私が一方的に怖がってしまっただけで、悪いものではなかったのかもしれない。
私は、ほっと息をつきました。
そうして……
『死ねば良かったのに』
確かに、聞こえたんです。
とても……残念そうな呟きが。
「えぅ〜、えぅ〜」
「うぐうぐうぐうぐ……」
「ぁぅぁぅぁぅぁぅ……」
「ぐしゅぐしゅ……」
「だおー、だおー」
「や、やはり止めた方が、よろしかったでしょうか?」
「い、いや、天野は悪くないぞ」
「天野さん……」
「香里? どうした、顔色悪いぞ」
「天野さん、このお話、フィクションよね」
「……は、はい」
「あぅ、み、美汐。どうしてそこで詰まるのよぅ」
「去年の今頃って言ったら、両親の代わりに私が病院の栞に付き添ってたんだけど……」
「お、お姉ちゃん?」
「あそこ、救急病院も兼ねていて、それで看護婦さん達が噂してるの聞いちゃったのよね」
「な、何をですか!?」
「山道でバイクが事故って救急車が出たけど、患者は見つからず、翌日崖下から遺体で発見されたって」
「うぐっ!」
「しかも……」
「ぐしゅぐしゅ。ぽ、ぽんぽこたぬきさん」
「頭部が発見されなかったって」
!!!!!!!
「……って言ったら信じる?」
「あ、あはは〜」
「香里先輩……」
「趣味悪いぞ、香里」
「この子達があんまり怖がるから、つい、ね。……びくびくってしがみついてくる栞が、なにげに可愛いかったし」
「ついってなぁ……? あゆ? 妙に静かだな」
「「「「「…………」」」」」
「うわっ、泡吹いて気絶してやがる! 名雪も!?」
「真琴?」
「栞……」
「ま、舞?」
「「「「「…………」」」」」
「とどめ刺してどうするんだよ!」
「わ、悪かったわ。まさかこんなになるなんて……」
「舞? 舞!!」
「……やりすぎです、香里先輩」
To be continued
■ライナーノーツ
このお話はオリジナルですが、語り口はこの辺を参考にしてたり。
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