この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
 バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。



「最速の乙女、最強のZR使いの名を賭けて、勝負よ!!」

 ZR vs ZR

「はぁ…… モ○チャンプに載っていそうなスクーターですね」
「……一応、ほめ言葉と受け取っておくわ」

 新旧ZR対決

「なにぃ、あ、あれは、あの……」
「知っているのか北川ーっ!」

 最速という名の伝説

「……これ以上、私に関わらないで下さい」

 そして、勝敗を決めるのは……


「こいつだ」



美汐のスクーター日記
『限界バトル』



S−01 天野美汐

 ……どうして私はこんな時間に、こんな所に居るのでしょうか?

 ナトリウム灯のオレンジっぽい明かりが、駐車スペースを照らしています。
 私達以外に人影はなく、スクーターのアイドリング音以外に音も無く……

 ここは、華音峠の頂上。
 しかも深夜の、です。

「はぁ……」

「なんだ、まだしぶってるのか? 往生際が悪いぞ天野」

 ため息をつく私に対し、あきらめろと言わんばかりの相沢さん。

「ほら、みんなも応援しているぞ」


『頑張って下さい天野さん! 深夜の峠で、最速の名を賭けてバトルなんて、ドラマみたいで素敵です〜』
『どんなドラマよ一体。大体、良い子は寝てる時間よ』
『えぅ〜、そんなこと言うお姉ちゃんなんて、キライですっ』

 香里先輩と、栞さん。

『あはは〜、佐祐理と舞も応援してますよ〜』
『……夜歩くのは慣れてるから』

 倉田先輩と川澄先輩

『うにゅ、けろぴーはここ』
『うぐぅ、ボクはけろぴーじゃないよ』
『あらあら、この子ったら』

 名雪さんに、あゆさん。
 ……秋子さんまで。


 無線越しの皆さんの声。
 峠の各所に散らばって、一般の車が来るのを監視して下さるそうです。
 と言いますか、何で皆さんがここに居るんです!

「それは、真琴が言いふらしていたからな」

 あの子は……

『美汐ーっ、がんばってねー!』

 もう、いいです……

「どうしたの天野さん、元気が足りないわよっ!」

 元凶にそんなことを言われるなんて、こんな酷なことはないでしょう。

 今まで、意識的に頭から追い出していましたが、この声の主は……
 バリバリ(死語)の走り屋仕様の2000年型JOG−ZRにまたがった女性、七瀬留美さん。
 何でも、

「最速の乙女、最強のJOG使いの名を賭けて、勝負よ!!」

 ……だそうです。
 乙女という単語と勝負が、どう結びつくのか本当に理解しがたいのですが。
 ますます脱力する私に向かって、びしっと指を突きつける七瀬さん。
 行儀が悪いですよ。

「『下り最速』の『赤と黒』、いいえ『白き追撃手』、天野美汐!」

「その恥ずかしい呼び方は止めて下さい!」

 もう、嫌です。
 本当に、どこで私のことを、聞きつけてきたのでしょうか?
 下校途中の私を捕まえて、いきなり勝負を挑んでくるんですから、この人は……

「はぁ……」

 ため息しか出ません。



「それにしても、凄いカスタムだよな」

 七瀬さんのスクーターを見て、唸っているのは……
 北川先輩、あなたまで来てたんですね。

「バーハンに、ボディーマウントのデュアルライト。形だけじゃなくて、エンジンや足回りも相当いじってるな」

 はぁ、お詳しいんですね。
 もしかして、北川先輩もスクーター、乗っていらっしゃるんでしょうか?

「ベースは、JOG−ZR、2000年モデルか。燃料タンクが小さいなど使い勝手の面で不利な点があるものの、そのスタイリッシュなボディデザインから、天野さんの乗っている現行のリモコンJOGベース、ZRエヴォリューションよりも人気は上だ」
「そうね、ZR党なら迷わずこれよ! 探せばお店によってはまだ新車在庫もあるしね」

 何だか意気投合しているお二人。
 譲れないこだわりがあるようです。
 まぁ、いいですけどね。
『この子』に人気がない方が、部品泥棒に狙われるリスクが減りますから、私にとってはメリットになります。

「奇しくも新旧ZR対決ってわけだ。それにしても天野さんのマシンは、CDI替えただけの、どノーマルだろ。勝負になるのか?」
「その為のコース選択よ。昼間走ってみたけど、この峠は、中低速コーナー主体のテクニカルコースでしょ。しかも下りならパワー差も埋まるし」

 まぁ、理屈ではそうですが、実際のところは、よく分かりません。
 と言いますか、カスタムされたスクーターなんて、この辺では滅多に見かけませんから、どの程度の差があるものなのか見当が付かないんです。

「北川! 俺は下に行ってるから、スタートは任せたぜ」
「あ、ああ」

 ご自分のスクーター、YAMAHAのアクシスに乗り、峠を下って行く相沢さん。

 ……観念して、走るしかないようですね。



S−02 北川潤

 5

 4

 3

 2

 1


「Go!!」


 唸るエンジン。
 カスタムチャンバーを付けた留美のZRが、甲高いエキゾーストノートを響かせる。
 2台のZRが、猛烈な加速でスタートした。

「加速も鋭い!? やはり虚仮威しじゃないぜ、あのカスタムZR!」

 原付スクーター改造にも様々なものがあるが、最高速の向上を求めるあまり、加速はノーマル以下というものも多い。
 だが、留美のZRは、加速重視のセッティングが施された美汐の現行ZRを、大きく上回る加速性能を見せている。
 実戦的なカスタムが施されている証拠だ。

「想像以上の性能差だ。やばいぞ、天野さん」

 最初の直線、みるみる内に美汐のZRが引き離される。

 だが……

「なにぃ!」

『どうした北川!』

 無線越しに祐一の声。

「い、いや、天野さんのZR、スタート直後の直線で完全に引き離されていたんだが、信じられない突っ込みで、最初のコーナーに飛び込んで……」

 スタート直後の競り合いを制したのは、美汐だった。



S−03 七瀬留美

「何なの、このコーナリングの速さは!?」

 自殺的としか思えないスピードでコーナーに飛び込み、極端なリーンインで、強引に曲がりきる。
 美汐のコーナリングに目を剥く留美。

「ハングオン……じゃない。 何これ?」

 美汐のフォームは、かなり独特なものだ。
 平坦とは言えない公道上で安全マージンを稼ぐため、路面に対するバイクの傾き、バンクにはかなりの余裕を持っているが、その代わり、身体の重心移動を大胆に行い、不足分を補っている。
 サーキットにおいて、バンクが限界に来た所で、更に重心を倒すために使われるハングオンとは、似て非なるものであった。

 ……妙だけど速い。これが『下り最速』と呼ばれる実力!?



S−04 美坂香里 栞

「お姉ちゃん、そろそろ来ますよ!」
「嘘でしょ、さっきスタートしたばっかりよ!?」

 8合目、小きざみな高速クランクの元で待機する香里と栞の元に、エキゾーストノートが近づいてくる。

「車だって、こんなに早くは……」
「来ました!」

 もつれながら突っ込んでくる、2台のスクーター。
 ヘッドライトが一瞬、香里の目を幻惑させる。

「どっちが先?」
「天野さんです!」

 留実のZRは2連ライトで、しかもマウント位置が違う。
 暗い峠道でも容易に区別が付いた。

「速い!」

 断続的に点いては消える赤いブレーキランプ。
 右、左、右。
 相対位置をめまぐるしく変えながら、2台のスクーターが駆け抜ける!

 テールランプの残像を残し、あっという間に遠ざかって行く、その姿を呆然と見送る二人。

「ちょっと…… スクーターって、あんなに速かったの?」
「はぁ〜、格好いいです天野さん」



S−05 七瀬留美

「何なのよ、このコース!」

 思わず愚痴る留実。
 一部を除いて、直線が短くコーナーが連続するこの華音峠。
 強力なエンジンパワーを持つ留実のカスタムZRだったが、アクセルを全開にできるのは、ほんの短い間だけ。
 すぐに、次のコーナーに向けての減速に入らなければならない。
 加速にものを言わせて、相手をちぎることができない。

 それに加えて、この暗さ。
 昼間、コースを下見したときには気付かなかったが、頂上付近を除けば、コーナーにさえろくに照明が無い。
 バイクは車に比べ路面の状態に影響を受けやすいが、タイヤ径が小さいスクーターは、更にシビアにならざるを得ない。
 路面のギャップ一つが命取りになる限界バトルにおいて、ヘッドライトの光のみが頼りというこの状態は非常に危険だった。
 美汐の後ろを走る分には、まだ大丈夫だが、直線で抜いてコーナーに突っ込むとなると、どうしても無理ができない。

「なのに、何でそんなスピードで突っ込めるのよ!」

 先行する美汐は、この暗さを気にした風もなく、恐ろしいほどのスピードでコーナーに突っ込んで行く。

「……コーナーの先が、見えてるの?」

 いや、そんなはずはない。
 考えられることはただ一つ。

 この峠を走り込み、身体でコースを覚えているのだ。
 だから、見えなくても突っ込める。
 噂では、相手は『華音峠の白い悪魔』とさえ呼ばれているという。

「だけど、もし……」



S−06 倉田佐祐理 川澄舞

「はぇー、真っ暗ですねー」
「佐祐理、足下に気を付けて」
「うん……」

 佐祐理と舞が待機しているのは、次第にRがきつくなるブラインドコーナーの出口。
 ここにもやはり、外灯は無い。

「来る……」
「ふぇ? もう?」

 その直後、急激に高まるエンジン音。
 地形の関係で、ここは音の通りが悪いのだ。
 舞の言うとおり、美汐達は、すぐそこまで近づいていた。

 コーナーの向こうから差し込むヘッドライト。
 もの凄いスピードで、美汐が、遅れて留実が突っ込んでくる。
 そのままぐいぐい曲がり……

「危ない」

 舞が呟くのが先か、それとも同時だったか。

「あっ?」

 急に失速する2台のスクーター!
 すぐに立ち直るが、加速では留実のカスタムZRの方が圧倒的に有利だ。
 美汐を引き離し、直線を加速して行く。



S−07 七瀬留美

「どんなに慣れた道でも、イレギュラーはあるわ!」

 冷や汗をかきつつも、笑みを浮かべる留実。

「公道バトルは、これがあるから分からないのよね」



S−08 倉田佐祐理 川澄舞

 二人がコーナリングを乱した辺りに駆け寄る、舞と佐祐理。

「これ……」

 懐中電灯に照らし出される、路面に浮いた砂。

「来たときにはなかった。多分、さっき最後に通ったダンプカーが落として行ったんだと思う」
「それで天野さん、姿勢を崩しちゃったんだね」

 納得しかける佐祐理だったが……

「違う」
「えっ?」

 美汐達が消えていった方角を見据えながら、舞は言った。

「相手と違って、事前に反応してた。追い越されたけど、それは本当に結果だけ」



S−09 相沢祐一

「そういうことか……」

 無線越しの舞達の会話に、頷く祐一。

『何だ、今ので何か分かったのか?』

 スタート地点の北川の声。

「ああ、ライトだ」

『なに?』

「ライトだよ。ノーマルな天野のマシンは、ハンドルを切ればそちらをライトが照らす。それに対して、相手のマシンはライトがボディに固定され、常に正面を向いている。その違いが、コーナーでの状況把握の差となって現れているんだ」

『なっ…… だって、そんなの本当に僅かな差だろ』

 二輪の場合、ターンは主に重心移動によって行われ、ハンドルはそれに追従して切られるに過ぎない。
 考える以上に、その切れ角は少ないのだ。

「ああ、だがこの峠は決定的に照明が少なく、路面は荒れている。元々路面の状況にシビアにならざるを得ない二輪だ。この極限のバトルにおいて、その僅かな差が大きな違いとなって現れているのさ」

『そ、そこまでハイレベルなのか、このバトル……』

 ……まぁ、それだけじゃないけどな。

 独白する祐一。
 もっと重要なのは、美汐が記憶に頼って走っているのではないということ。
 これだけの突っ込みをしながら、障害に反応し対応しきったという点なのだ。

「だが、どう逆転する、天野」

 祐一の目の前には、最終コーナー。

「ここにたどり着く前に抜けなければ、負けだぞ」



S−10 七瀬留美

「いけるわ!」

 最後のコーナーを残して、直線に入る。
 このコースの中で、唯一の長い直線。
 極限までチューンされたエンジンが吼え、見る見る内に、美汐のノーマルZRを引き離して行く。

 ラストのコーナーは美汐が得意とする急峻なRを描いているが、路面はコーナーの外側に向かって傾いている、いわゆる逆バンクコーナーだ。
 グリップが利かないこのコーナー、先に飛び込みさえすれば、抜かれる恐れはない。

 ……この勝負、私の勝ちね!

 急カーブに備え、ブレーキング。
 ハイマウントストップランプがきらめき、留実のZRが急激に減速する。
 だが、そのバックミラーに映り込む美汐のZRのライトが、まぶしさを増し……

「並んだ!?」

 アウトコースから、ほぼ同時にコーナーに飛び込む美汐のZR。

 ……まさか! こんなスピードで曲がれっこない!!

 逆バンクのかかっているこのコーナー、今更ブレーキをかけても、もう遅い。
 タイヤがグリップの限界を超えた瞬間、路面から吹っ飛ぶ……

「っ!!?」

 絶句。

 物理法則を無視したとしか思えないスピードで駆け抜ける、白いボディ。
 美汐のJOG−ZRエヴォリューション!!

「華音峠の白い悪魔…… これが……」

 出るのはそんな、呟きだけ。



 そして、美汐のZRはそのままの勢いでゴールし……

「みしおーっ!」
「真琴ちゃん、飛び出したら危ないよっ!」
「うにゅ?」

 勝敗は決した。



S−11 相沢祐一 水瀬秋子

「何が起こったんだ……」

 さすがに呆然とした様子で呟く祐一。
 バイクは、タイヤのグリップを超えるスピードでは曲がれない。
 これは絶対だ。

 ……なら、天野はどうやってこの逆バンクコーナーを?

 気を取り直し、コーナーに駆け寄る。
 そこにあったのは……

「なんだ、この溝は……」
「『わだち』、ですね」
「秋子さん……」

 いつの間にか、秋子が祐一の傍らに立っていた。

「この街での生活がまだ短い祐一さんには、分からないかも知れませんね」

 そう呟いて、説明する秋子。

「昔からこの地方では、春先になるとあちこちで道路修理が始まります。雪の降っている間、スパイクタイヤやチェーンでアスファルトが抉れて、こんな風に道路が傷んでしまうんです」

「それが『わだち』……このコーナーに刻まれた溝なんですか?」

「はい。スパイクタイヤが禁止になってからは、かなりましになりましたが、バスやトラックは相変わらずチェーンを巻いていますからね」

 改めて、周囲を見渡す祐一。
 この最後コーナーは、前後がストレートになっているためスピードが出やすく、なおかつカーブがきついので、遠心力で車の外側のタイヤが当たる部分に大きな負荷がかかる。
 その結果、車線の外側にのみ「わだち」ができたのだ。
 外側に向かって傾斜する逆バンクコーナーの中で、唯一、そうではない一本の筋。
 それを利用することで、美汐は常識外れのコーナリングを可能としたのだ。

 無論、理屈が分かったからと言って、誰にでもできるようなことではない。
 美汐の持つ、この雪国の道を様々な状況で走り続けた経験と、天性のカン。
 それが合わさってこそ成し得た、超絶テクニック。

「この様子だと、ここもすぐ舗装し直されるでしょうね」

 そう締めくくる秋子の言葉に、祐一は感嘆混じりのため息を漏らす。

「そうか、この北の街で、春先のこの時期にだけ出来る一筋の道……」

 コーナーの向こう、ゴール地点で真琴達の歓待を受けている美汐。

「それが、天野にだけは見えていたんだな」



S−12 天野美汐

「負けたわ、天野さん」

 相沢さんによる最終コーナーの種明かしも終わり、どこかさばさばとした表情で言う七瀬さん。
 でも、そんなに大げさに言われるようなことなのでしょうか?
 私はただ、道路の状態に合わせて、一番良いと思われる走り方をしているだけなのですが。

「最強のJOG使い、『最速の乙女』の称号は、あなたのものよ」
「そんな恥ずかしい名前、要りません」
「でも、次は負けないから」
「……これ以上、私に関わらないで下さい」

 最後までこのノリなんですね、七瀬さん。
 めげないと言いますか……
 人の話は、聞いた方がいいですよ?

「それじゃあ、またね」
「えっ、あの……」

 ちゃっ、と指を振り、呼び止める暇もなく走り去る七瀬さん。
 当人は颯爽としているつもりなのでしょうけど……

「どうした、天野?」
「あの人、尾根市から来たって言ってましたよね」
「ああ」
「……この時間、開いているガソリンスタンドと言えば、一番近いものでも○×インター入り口近くにある日石ですよ」
「それがどうかしたのか?」
「私の新型ZRならともかく、2000年型ZRの燃料タンクは、4リッターしか入らないんです。あのペースで飛ばしてたら、たどり着く前にガス欠ですよ」
「………」
「………」

 見つめ合う、相沢さんと私。
 何とも白々とした空気が漂います。

「……いくら何でも、そこまでバカじゃないだろ」
「……そうですよね、まさかですよね」

 と、言いますか、そこまで面倒見切れません。

「……帰って寝るか」
「はい」

 何だか、脱力感しか残りません。
 勝負って、空しいものなんですね……



To be continued




■ライナーノーツ

 ちなみに、仲間内での通称は、頭文字M(イニシャルみっしー)。

 無論、頭文字Dを意識はしましたが、オリジナルな展開になるよう工夫はこらしてあります。

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