WARNING
 これは「海洋資源調査船なでしこ」本編からX年後のお話です。


「でね、あたしの場合はね……」

 どこから、こんな話になったんだろう。
 ルリは、困惑していた。
 目の前には、ミナトとメグミ。
 話題は…… お互いの、初めてのキス。
 ファースト・キスの体験談……



海洋資源調査船「なでしこ」激ラブ外伝3
〜ファースト・キス〜



 ぐいっ!

「どこ行くのかなぁ〜、ルリルリ?」
「み、ミナトさん……」

 途中で逃げ出そうとしたルリだったが、ミナト達がそれを許すわけがない。

「ずるいわルリちゃん。私達の話を聞いておいて、自分だけ逃げようなんて」

 にんまりと笑って、メグミが言う。
 獲物を目の前にした、ネコのような笑み……
 実際、メグミはもちろんミナトも、ホシノ・ルリという極上の獲物を前に、妙にハイになっていた。

「でも……」

 既に『良い思い出』に変わっているメグミ達と違って、ルリの恋は現在進行形。
 同じように話せと言われても、話せるわけがない。

「ね、ルリルリはどうだったの?」

 声を潜めて、ミナトがたずねる。

「どうって……」
「アキト君との、ファーストキスよ」

 面と向かって……しかも大切な人の名前まで出されて、瞬時に赤く染まるルリの頬。

「あ、赤くなった」

 普段、醒めた表情で通しているだけに、ホントに動揺した時、ルリの顔は見事なまでに嘘がつけなくなる。

「そんなに凄かったの?」

 アキト君も、顔に似合わずやるのねぇ。
 とんでもないことを、もっともらしい口調でミナトに言われ、思わず反論するルリ。

「そ、そんなのじゃ……」
「じゃあ、どんなだったの?」
「どんなって……」

 言いかけて、はっと我に返る。

「いっ、言えるわけないですっ!」
「あ〜っ、ルリちゃん、言えないようなことしちゃったんだぁ」

 ルリの言葉尻を捕らえて、はやし立てるメグミ。

「お姉さんにも話せないコトするなんて…… ルリルリは、いつからそんないけない子になっちゃったの?」

 わざとらしく嘆くミナト。
 性根が見え透いている演技だが、家族の居ないルリにとって、ミナトは数少ない心を許せる女性。
 人見知りが激しく、クールなルリ……
 だが、それだけに、一度心を許した相手にはとことん弱いのだ。

「ううっ……」

 進退窮まったルリ。


「その……どうだったとか、あんまりよく覚えてないんです。頭がぼうっとしちゃって……」

 観念して、ポツリポツリと話し出すルリ。



 その頃、ルリは不安を覚えていた。
 自分はアキトの何なのか?
 同情すべき、単なる施設育ちの可哀想な子供?
 妹みたいなもの?
 アキトは優しい。
 ルリを助けるために、命を懸けてくれたことだってある。
 でも、それは本当にルリのためだったのだろうか?
 相手がルリでなくとも、アキトはきっと助けていたに違いない。
 ルリだから、ではないのだ。
 そう思うと、やるせない気持ちで一杯になる。
 現に、アキトはキスすらしてくれない。
 額や頬にではない、本当のキスは……

 そして、溜め込んだ感情が暴発した日……


「ホントは、ルリちゃんが16歳の誕生日を迎えるまでは、って我慢してたんだけどな……」
「えっ?」

 ルリの頬に手を伸ばし、その瞳に浮かんだ涙を優しく拭うアキト。

「ミナトさんにも言われたよ。ルリちゃんが子供だからって、中途半端にしておくなって。でも、俺にしてみれば、大切だからこそ、そう言う風に扱わなかったんだけどね」

 アキトの指が、ルリの髪を撫でる。

「んっ……」

 いつもと変わらないはずの、その仕草。
 アキトの指と指の間を銀の髪が流れる感触が、ルリにはなんともいえず心地良い。
 二度、三度とアキトの手がゆっくり往復するにつれて、気持良さに体の力が抜け、反対に苦しいほど胸が高鳴って行くのが分かる。

「ルリちゃん?」

 髪を梳っていた右手が、ルリの頬に触れた。

「……はい」

 そっと目を閉じ、顔を上げるルリ。

 目を閉じていても、アキトの顔が近づいてくるのが分かる。
 いよいよ、と思うと自然と身体が震えた。
 心臓が、破裂してしまうのではないかと思うほどドキドキする。
 そして……

「怖いの、ルリちゃん?」
「っ!!」

 完全な不意打ち。
 想い人に耳元で囁かれ、びくっ、と身体をすくめるルリ。
 それで更に勘違いしたのか、身体を退こうとするアキト。
 ルリは慌ててアキトの身体にすがって、引き止めた。

「違います!」

 反射的にとはいえ、自分からアキトに抱きつく格好になったルリは、羞恥のあまり、耳まで赤くなりながら、必死になって言葉を紡ぐ。

「違い、ます。その…… 初めてだから……」

 泣きそうな顔をして、後半を消え入りそうに言うルリ。
 恥ずかしくてうつむいてしまう少女の顎を、アキトの指先がそっと捉え、顔を上げさせた。
 壊れ物を扱うように、どこまでも優しく……
 その、アキトの優しい視線にじっと正面から見据えられ、ルリは息苦しいほどの想いに捕らわれる。
 身体が自分のものでは無いようだ。
 アキトにすがらなければ、立っていられない。

「それじゃあ、ルリちゃんの初めて、俺がもらっていい?」

 甘く、掠れるアキトの声。

「はい……」

 震える声で、ルリは応える。
 アキトの視線を感じながら。

「私の…… ホシノ・ルリの初めて…… もらって、ください」

 やっとのことで、言うことの出来た少女ににっこりと微笑んで……
 アキトは唇を重ねた。
 唇と唇を合わせるだけの小鳥のキス。
 ルリの瞳が大きく見開かれ…… そして閉じた。

 一瞬とも永遠とも取れる一時の後、アキトの唇が離れる。
 完全に、上気した表情のルリ。
 息を詰めていた唇から吐息がもれ、そして息を吸い込もうとした瞬間に、再びアキトは唇を重ねる。

「んっ!? んん……」

 ルリはもがいたつもりだったが、身体はかすかに身じろぎしただけで…… そこが少女の限界だった。

「……ルリ、ちゃん?」

 しばらくして、意識を取り戻したルリは、アキトに「キスする時は、鼻で息するんだよ」と笑われ、再び頬を染めたのだった。



「「〜! 〜〜!! 〜〜〜!!!」」
「あの……メグミさん、ミナトさん?」

 床に伏せて、悶絶している2人。
 ルリが声をかけると、息も絶え絶えと言った様子で、顔を上げる。

「あ、アキトさん悪人っ!」

 叫ぶメグミ。

「え?」
「そんな、触れるだけのキスで、女の子を失神するまで追いつめるなんてっ!」
「あの……」
「すごいよねー、いよいよファーストキスって極限状態の女の子に、直前でお預けした上、口に出しておねだりさせるんだから、しかも笑顔で!!」

 ミナトも、涙をにじませながら言う。

「これで、わざとじゃない所が…… アキト君のいい人ぶりも、ここまで来ると…… ホント、罪よね」
「………」

 好き勝手なことを言うメグミとミナトに、ルリは憮然とした表情で黙り込むしかなかった。



「で、今度はお互いの初体験の時の話を……」
「絶対にイヤですっ!!」



END



■ライナーノーツ

 ラブコメが苦手だった私が七転八倒しながら書いたお話でした。


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