「あら、ルリルリ、お風呂だったの?」
「あ、ミナトさん」
女子浴室の脱衣所。
白皙の頬を、わずかに朱に染めたルリが振り返る。
お風呂上がりのせいかな、と考えた所でミナトは、はたと気付いた。
「そういえば、今日だったものね。……アキト君とのデート」
声に、少々意地悪な響きが混ざるのは仕方が無いと言った所か。
実際…… 真実、可愛らしいのだ。
普段、感情を表に出すことのないこの少女が照れる様は。
「そっ、そんなのじゃありません。大体、テンカワさんには、料理の試食を頼まれただけで……」
「『ルリちゃんじゃないとだめなんだ』」
その時の2人の会話を横で聞いていたミナトは、アキトの口調を真似てみせる。
「………」
黙り込むルリに、追い打ちをかけるミナト。
「アキト君の為に、身体を磨いてたって訳ね」
艶を含んだその言い方に、目に見えて赤くなるルリの顔。
「ちっ、違います」
「ふふっ、赤くなってる」
「もう、お先に失礼します!」
慌てて脱衣所から逃げ出すルリ。
その姿を微笑ましげに見送りながら、ミナトはつぶやくのだった。
「リトル・ロマンスかぁ」
海洋資源調査船「なでしこ」激ラブ外伝2
〜リトル・ロマンス〜
「ちょっと長湯しすぎたかしら」
風呂から上がり、自室に戻ろうとしたミナトは、廊下の角から飛び出して来た小柄な影と、正面衝突してしまう。
「あいたたた……って、ルリルリ?」
ミナトにぶつかって、廊下に倒れているのはルリだった。
その瞳には、驚いたことに涙がいっぱいに溜まっている。
「ちょっとルリルリ、あなた、アキト君の所じゃなかったの?」
「ミナトさん…… 私、私……」
「と、とにかく起き上がって」
ルリに手を貸して立たせ、すぐそこの自分の部屋へと連れて行く。
「どうしたって言うの? アキト君と何かあったの」
「………」
ぴくん、とルリの肩が震える。
……図星、かぁ。
「それは…… ルリルリが言いたくない、って言うなら無理には聞かないけど」
そう言って、ルリの顔をのぞき込むミナト。
「おねーさんとしては、ルリルリとアキト君の力になれたらな、と思うの」
ミナトの言葉に、思い詰めた表情をしたルリが顔を上げる。
そしてポツリとこう言った。
「……ウィンナーが、カニさんなんです」
「へ?」
「タコさんのもあって、ちゃんと足が八本あるんです。ニンジンはお花の形をしていて……」
「ルリルリ?」
「その上、リンゴまでウサギさんで、私もう、どうしたらいいのか……」
「ちょっと待ってルリルリ、落ち着いて」
「それは…… 私、麺類は苦手ですけど、あのスパゲッティはおいしそうだったし、ハンバーグだって」
「????」
「コロッケとエビフライまで付いてるし……」
そして、ルリは言った。
「それで、私の好物のチキンライスには、なでしこのマーク入りの旗まで立ってるんです!」
「それって……」
呆れ声のミナト。
「……お子さまランチ」
「それでルリルリ、怒ってたのね」
……アキト君も、しょうがない人ね。
小さくため息をつくミナト。
だが、ルリの答えは彼女の予想を大きく外れたものだった。
「違うんです!」
「え?」
「確かに、私はそんなに子供に見られていたのかなって、ショックでしたけど、テンカワさんが私の為だけに作ってくれたってことはとても嬉しかったし、でもお子さまランチ、喜んで食べるのも恥ずかしいし…… それで、自分が喜んでいるのか、怒ってるのか、悲しいのか、恥ずかしいのか、感情がごちゃ混ぜになって…… それで私に微笑んでくれているテンカワさんの顔を見たら、何も考えられなくなって……」
そこまで一気に言って、ルリは視線を床に落とす。
「気が付いたら、テンカワさんの所から飛び出していたんです」
「ルリルリ……」
どう声をかけようかと迷うミナト。
しかしルリは彼女が何か言う前に、再び顔を上げ、まくし立てた。
「どうしましょう、ミナトさん! テンカワさん、きっと私のこと変に思ってます! 怒ってるかも……私、どうしたらいいんでしょう!!」
そう言って今にも泣き出しそうな顔をするルリを前に、ミナトは思わずには居られなかった。
……もしかして私、のろけられてるの!?
ともかく、尻込みするルリをなだめすかして、何とかアキトの所へと連れて行く。
と、その途中でルリを探して船内中を探し回ったのだろう、息を切らして走って来るアキトと出会う。
「ルリちゃん!」
「テンカワさん……」
「アキト君、これはね……」
2人の間をとりなそうと、ミナトが口を挟む。
「いや、いいんですミナトさん。ルリちゃんがどう思うかも考えずにあんなもの作ってしまった俺が悪かったんだ」
目を伏せるアキト。
それでも、顔を上げるとルリに謝る。
「ごめん、ルリちゃん」
「そんな…… そんなことありません!」
慌てて首を振るルリ。
「ルリちゃん……」
「私、本当は嬉しかったんです。でも、それを知られるのが恥ずかしくなって…… だから……」
「うん」
「ごめんなさい」
「うん……」
優しく微笑むアキト。
「食べて…… くれるかな。少し冷めちゃったけど」
「はい……」
「良ければミナトさんも」
「わ、私?」
急に話の矛先を向けられ、慌てるミナト。
「実はたくさん作り過ぎちゃって、チキンライスとか余ってるんですよ」
「でも……」
戸惑うミナトに耳打ちするルリ。
「お願いします。テンカワさんと2人っきりだと私、恥ずかしくって」
すがるように言われては、嫌とは言えない。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
そう答えるミナトだったが、すぐに後悔することになる。
「済みません、ミナトさん。2人っきりだとルリちゃん緊張しちゃう様だったから」
ルリに聞こえないよう、アキトがそう耳打ちしてきたからだ。
……やっぱり、のろけられてる。
「へぇ、これみんな、アキト君が作ったの?」
目を見張るミナト。
ルリの言った通り、ウィンナーはタコさんとカニさん、リンゴはウサギさん。
トマトソースをからめたスパゲッティと、ハンバーグに、コロッケとエビフライ。
ゆでブロッコリーとニンジンのグラッセが添えられているが、ニンジンの方が花の形にカットされているのが芸が細かい。
後はマカロニサラダに、ドレッシングで和えた千切りキャベツ。
チキンライスに立てられた旗は、アキトの手製だろうか。
飲み物としてヤクルトが、そしておまけのオモチャの箱まであるのが何ともはや。
一分の隙もない完璧なお子さまランチであった。
「さぁ、2人とも」
ミナトにチキンライスを出すと、アキトは2人に食べるよう勧める。
「はい」
「それじゃあ、いただくわ」
ミナトの手には普通のスプーン。
ルリの手には、小さな先割れスプーン。
「何だか、懐かしい味がするわね、このチキンライス。何か工夫しているのかしら?」
「そうなんですか? テンカワさん」
「うん、家庭の味…… みたいなのが出せたらと思って。飽きの来ない味付けにしたつもりだよ。ルリちゃん、いつも食堂でチキンライス頼んでくれるから」
「ふぅん、そうなんだ」
「ミナトさん……」
「ルリちゃん以外、あまり頼む人居ないから、自然とルリちゃん向きの味付けになっちゃいましたね」
「だってさ、ルリルリ」
「………」
食事中の会話は、主にミナトがアキトに料理について質問し、それにルリが口を挟むといういう形になった。
その方が、ルリがリラックスできるだろうと踏んだミナトとアキトの配慮からだ。
その甲斐あってか、ミナトは会話の端々でルリの自然な笑顔を目にすることができた。
笑顔、と言っても、目元と口元が微かにほころぶ程度…… 本当によく注意していなければ見逃すようなものだったが、それでもいつもの無表情なルリを見慣れているミナトにとっては新鮮なものであった。
……ふぅん、ルリルリってば、アキト君と一緒だと、こんな顔するんだ。
ふと、からかってみたいような衝動に駆られるが、楽しげなルリを見ていると、やはり気が引けた。
楽しい一時は瞬く間に過ぎ、やがて終わりを告げる。
「これ、何です?」
最後に残ったオモチャの箱を、いぶかしげに見るルリ。
「おまけだよ。お子さまランチにはつきものなんだ」
「男の子用と女の子用があるのよね」
子供の頃を思い出したのか、懐かしそうに言うミナト。
「開けてみなよ、ルリルリ」
ミナトに勧められ、箱を開けるルリ。
「これ……」
中から出てきたのは、ピンクがかった光沢を持つ金色の指輪だった。
「ふうん、指輪だね」
さらりと言うアキト。
「あ……」
困ったように、アキトを、そしてミナトを見るルリ。
「良かったね、ルリルリ」
自分の感情をどうしたらいいのか分からないでいる少女に、そう、助け船を出してやるミナト。
「後で、余ってるケースをあげるわ」
「え、でもこれオモチャですよ」
「オモチャでも、指輪っていうのは女の子にとって、特別な意味を持つのよ」
そうして、ルリだけに聞こえるよう、そっと囁く。
「アキト君から、初めてもらったプレゼントなんでしょ」
「あ……」
顔を真っ赤に染めるルリ。
「はい……」
指輪をそっと握りしめ、うれしそうに、実にうれしそうに答える。
この指輪はルリの宝物として、ずっと大切にされることとなるのだが……
「……アキト君もなかなかやるわね」
それがオモチャでないことにルリが気付くのはずいぶん先。
彼女がアキトから2つ目の指輪……エンゲージリングをもらう時までかかるのだった。
END
■ライナーノーツ
いいんでしょうか、最後の一行……
まぁ、それはともかく。
「海洋資源調査船なでしこ」激ラブ外伝、第2弾です。
「名前入りオムレツ」を上回るインパクトのある料理、ということで「お子さまランチ」にちょっとした仕掛けを施して使ったのですが。
ちなみに、今回アキトがルリにプレゼントした指輪は、ピンクゴールドのデザインリングです。