海洋資源調査船「なでしこ」
〜ほろ酔いルリの航海日誌・大晦日編〜
こんばんわ、ルリです。(ヒック)
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……済みません、少し酔っぱらっているもので。
今日は大晦日。
ブリッジにも新年を迎えるため、御神酒や鏡餅、スルメ等が飾られています。
航海の安全を期して、エンジンなどにも飾られたそうですけど、そちらの方では一晩明けたら御神酒が半分に減り、そしてスルメの代わりにスルメの形に切った段ボールが置いてあったそうです。
……お供え物をそんなにして、バチが当たらないのでしょうか、ウリバタケさん。
ちなみに段ボールには「スルメの神様ありがとう」と書かれていたそうです。
意味不明。
大晦日……
オモイカネに聞いたところ、平均的な日本人は、家族揃ってコタツに入り、「紅白歌合戦」と「行く年来る年」を見ながら新年を迎えるそうなのですが、残念ながらここではそう言うわけには行きません。
何しろなでしこは今、遠く日本を離れ、インド洋上を航海しているのですから。
コタツを使うような気温ではありませんし、いくら天下のNH○でも、ここまでは電波を届けてはくれません。
そういえば、この船の受信料って、どうなってるんでしょうか?
日本近海に居る時にしか見れないのですが。
その分差し引かれてるのでしょうか?
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……………
……(ヒック)
何の話でしたっけ?
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……………
……そうそう、大晦日でしたね。
話が脱線してしまいました。
済みません、大分酔っているようです。
はい?
「ちゃんと話してるじゃないか」?
ちゃんと話してても、話してる内容がバカバカしいじゃないですか。
よく聞いてみて下さい。
……とにかく、年忘れということで。
お祭り好きな、なでしこのみんなは当然宴会になだれ込むわけで……
私は未成年ですから遠慮して、ブリッジに上がったのですが、ここにも安住の地はありませんでした。
大挙して押し寄せる酔っぱらいたちには、未成年にお酒を飲ませるのは犯罪だという理屈が通用しません。
犯罪者の群れです。
……勘弁して。
それでも、私はテンカワさんがかばってくれたので何とか生きていますが、その為に集中砲火を浴びてしまったテンカワさんは敢えなく撃沈。
リクライニングさせたシートの上にのびてしまいました。
ごめんなさい、テンカワさん……
ちなみに船長、ユリカさんはと言うと、アルコールがだめ、と公言している通りコップ一杯でダウン。
その辺の床の上でマグロになってます。
明日の朝までこのままでしょう。
幸せな人です。
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……………
……?
ああ、警報窓が点滅してます。
警報が出ても、ブザーは鳴りません。
なぜなら、いちいちそれを止めるために起きなくてはいけないのに業を煮やしたウリバタケさんが、警報停止ボタンに10円玉を詰め込んで、押しっぱなしの状態にしてしまったからです。
オモイカネの口に猿ぐつわを噛ませるようなヒドイ真似ですが、今の私にはどうすることもできません。
だって私、酔っぱらいですから。
しかし、いくらこの船が自動化の進んだ最新船で、停船中だと言っても、こんなことしてていいんでしょうか?
今のところ、注意喚起のための予備警報だけで、致命的な赤窓の警報は出ていないようですが。
オモイカネ、ごめん。
明日の朝まで頑張って……
……さて、そろそろ私も限界のようです。
もう自分の部屋まで帰り着くような、気力も体力もありません。
ネムネム……
しかし、一つ問題が。
ここで寝ようにも、ブランケットがもうありません。
そこかしこでマグロになっている、船長や、ウリバタケさん達が全部使っているので。
でも、心配は要りません。
良い方法、とても良い方法がありましたから。
………………
そういうわけで、私は今、テンカワさんの膝の上に居ます。
身体を、テンカワさんに預けて……
船長が知ったら騒ぐかも知れませんが、ブランケットを2枚も使っている(1枚は床に敷いてるんです)船長に、何か言う資格はありません。
1枚のブランケットしか無い私達は、こうやって互いに身体を寄せ合うしかないのです。
仕方がないことなのです。
非常事態というやつです。
………………
……ごめんなさい、やっぱり私、酔っぱらってます。
でも……
おかげで、良い年を迎えることができそうです。
頬を寄せると、テンカワさんの意外とたくましい胸から、暖かな温もりと、力強い鼓動が伝わってきます。
テンカワさんの、男の人の匂いが、私に不思議な心地よさをくれます。
身体がふわふわして、自分が自分で無くなるような……
それが気持ちよくて、私はテンカワさんの胸にすがります。
しっかりと。
「お休みなさい、良い年を……」
「アキト……さん」
おわり
■ライナーノーツ
> 航海の安全を期して、エンジンなどにも飾られたそうですけど、そちらの方では一晩明けたら御神酒が半分に減り、そしてスルメの代わりにスルメの形に切った段ボールが置いてあったそうです。
古き良き時代の逸話、と言うか伝説の類ですね。
世の中には大晦日の夜も職場で過ごさなくてはならない職業もあるのです。
そんな所に、