わたしはラピス。

 ラピス・ラズリ。

 わたしは、アキトの目、アキトの耳、アキトの手、アキトの足、アキトの…… アキトの……


 でも最近、アキトは言う。

「ラピスは俺の一部なんかじゃない。ラピスはラピスなんだよ」

 わたしには、どうしてアキトがそんな事を言うのか分からない。
 わたしは、アキトが居るからわたしで居られる。
 ラピスで居られる。

「俺はきっかけだよ、ラピス。まだまだその先が、ラピスにはある」

 アキトの言う、その先…… それは……



劇場版ナデシコ・アフターストーリー
『30分だけの ラピス・サイド』




 今日も、いつも通りこのユーチャリスの回線を開く。
 逆探知に備えて、細心の注意を払って……
 いくつものネットワークを経由し、逆探知防止用のトラップを仕掛けて行く。

 今日は、どこまでたどり着いてくれるんだろう。
 この、30分という限られた時間の中で。
 もちろん、本当に突破されてしまったら困るから、念には念を入れて用意はしてある。
 でもその反面…… どこか浮き立つ気持ちを抑えきれないでいる自分が居る。
 準備を終わって、待つこと10分。

「ごめん、待った?」

 慌ただしく彼が現れる。
 仕事を終えたばかりなのか、オールバックに固めた髪に制服のままの姿。

「別に…… その分、トラップに時間をかけることができたから」

 わたしがそう意地悪を言うと、とたんにげんなりとした顔になる。
 本当に分かりやすいヒト。

「勘弁してよ。ただでさえハンデありすぎだって言うのに」

 そう、彼…… マキビ・ハリはナデシコのオモイカネを使わずに自前の端末からアクセスしている。
 何と言っても、これは彼が…… ホシノ・ルリに秘密でやっていることだから。

「今日はどうして?」

「それが聞いてよ、サブロウタさんったら……」


 ……彼とは「火星の後継者」の残党の情報を探っていたときに出会った。
 同じ目的で、彼も同じシステムに侵入していたのだ。
 マキビ・ハリ。
 ホシノ・ルリと同様、わたしと同じ力を持ったヒト。


「待って! 切らないで!!」

「………」

 待てるわけない。
 逆探知されてるのに。
 その時は、バッアップにホシノ・ルリが居たらしくて、わたしの用意した逆探知防止用のトラップがもの凄い勢いで突破されていた。
 彼は、時間を稼ぐために、わたしとの会話を引き延ばすように指示されている様だった。

「えっと…… そうだ、君の名前は!?」

「……ラピス。……ラピス・ラズリ」

「あーちょっとタンマ! その、趣味とか、血液型…… サブロウタさん! 何笑ってるんですかぁ!」

「………」

「あ、ちょっ……」


 後から聞いた所では、この一件で彼は同僚の高杉三郎太さんに思いっきり笑い者にされた上、ホシノ・ルリからは冷たい目で見られたという話……

 この一件で完全にムキになった彼は、それから事あるごとにわたしの行く先々に現れるようになった。
 彼は独りでホシノ・ルリは居なかったし、こちらの邪魔をする様子も無かったけど、かと言って、警戒無しで情報収集に集中するわけにも行かなくて。
 困った私はアキトに相談した。
 そしてアキトはそれならと、知恵を貸してくれた。

「30分だけチャンスをあげる」

 それがこれ。
 彼に付きまとわれて情報収集に支障をきたすよりは、30分だけ時間を割いて、相手をしてあげた方がいいだろうという妥協の結果なのだけど。

 わたし達は毎日30分だけ、お話をする。
 彼はわたしとお話をしながら、ユーチャリスに迫る。
 わたしは彼に探知されないよう、トラップを用意して臨む。


「艦長ったら……」

 わたし達の会話は、大抵ホシノ・ルリの話題で終始する。
 彼は、アキトに関しての話は嫌がるから……
 彼は旧ナデシコ・クルーを嫌がっている…… と言うのがおかしければ、嫉妬…… エリナから教わった言葉…… しているらしくて、中でもホシノ・ルリが「大切な人」と呼ぶアキトのことを毛嫌いしていた。
 確かにわたしも、ホシノ・ルリの事を何とも言えない表情で話すアキトを見ていると、辛くなるけど……
 でも、わたしは彼とは逆に、アキトにそんな顔をさせるホシノ・ルリ、彼女のことを知りたくなる。
 そんなわたし達の違いが、この会話を成立させている。

「艦長には僕達がついているのに、どうして……」

 彼は言う。

「何であんな奴なんかに、あんな顔をして……」

 彼は気付いていないのだろうか?
 そんな彼の態度こそが、ホシノ・ルリとの間を隔てていることに……


「そいつはやっかいだな……」

 この話をアキトに話したら、こんな返事が返って来た。
 アキトはわたし達のことを、探知される危険があるにせよ、わたしがアキト以外の人と関わりを持つのは良いことだと言って自由にさせてくれる。

「その子の前ではルリちゃ…… ルリはあくまでも『艦長』なんだよ。
 以前に比べて大分柔らかくなってるけど……
 でも表面的に笑ってる分だけタチが悪い。
 多分、彼女自身もそんなことには気付いていないだろうけど」

「昔のナデシコはルリ…… いや、みんなにとって『故郷』と呼べる場所だったんだ。
 そこで彼女はマシンチャイルドってだけではない、本当の意味での『ホシノ・ルリ』になった」

「だからナデシコのみんなの前では彼女はルリで……『ルリちゃん』で居られるんだ。
 逆に言えば、そのナデシコを否定して、今のルリだけを求めるなら……
 いつまで経ってもその子にとってルリは『艦長』にしかなれない」


「そこまで分かってるって言うなら!」

 アキトの言葉をわたしから聞いた彼は、そう言って顔を背けた。

「そこまで艦長のこと分かってるなら、どうして帰って来てやらないんだよ、テンカワ・アキトは!
 艦長、テンカワ・アキトの事を話すときだけ、とても…… 懐かしそうな、そして寂しそうな、顔をするんだ。
 艦長は、今だってテンカワ・アキトのことを待ってるのに! ずっと待ってるのに!
 格好付けて…… 艦長を悲しませて…… やっぱり、僕には許せない。テンカワ・アキトは認められない!」

 彼は知らない。
 アキトがホシノ・ルリを守るために、今なお影でどれだけ多くの血を流しているのかを。
「全てが片づくまで、ルリをこのユーチャリスに匿った方がいいと思う」
 そう提案したわたしに、アキトは寂しげに笑って答えた。
「それはできない」
 と……

 でも…… わたしは、そのことを彼に説明しようとは思わなかった。
 わたしには、彼の激しい感情に口を挟むことなどできないような気がしたから。


「初恋なんて実らないものだしね」

 これは、エリナの言葉。

「だって、初めてなんですもの。自分の気持ちを持て余して、どうしたらいいのか分からなくって、うろたえて…… じたばたしている内に終わってしまう。
 そうして、後になって気付くのよ。これが初恋だったんだなぁって。実際…… 大事な事って後になって気付くものなのよね」


 わたしには……人の心はよく分からない。
 わたしとリンクでつながっているアキトのことでさえ、分からないことの方が多いと言うのに。

 ただ…… 今は彼と過ごす30分が嫌いじゃない。
 それだけは、確か。

「……ラピス?」

「え?」

「どうしたの、ぼうっとして」

「……なんでもない。それより時間」

 もうすぐ30分。

「……まただめかぁ」

「惜しかったけど」

 これはウソ。
 でもこう言うと、彼は次はもっと頑張るから。
 実際、最初の頃に比べて腕は格段に上がってるし。

「所で……」

 言いにくそうに、彼。

「何?」

「その、いつも艦長の話ばかりで、悪かったかな、と…… その、サブロウタさんに、ちょっと言われて……」

「!?」

「ラピス?」

「……なんでもない。あなたがホシノ・ルリ以外の人のことを気にすることがあるなんて、珍しかったから」

 驚かせてくれたお返し。
 ちょっと意地悪な言い方。

「そんなこと…… 無いと思うけど……」

 語尾が弱くなる彼。
 本当に…… 分かりやすいヒト。

「わたしは…… いつも一生懸命な、あなたの話を聞くのが楽しい」

「えっ?」

「そんな今のあなたを形作っているのは、ホシノ・ルリの存在。ホシノ・ルリが居なければ、今のあなたは居なかった」

 わたしや…… ホシノ・ルリにとってのアキトと同じように。

「だから……」

 その先に、わたしは何を言おうとしたのだろう。
 気が付けば、セットして置いたアラームが鳴っていた。

「ラピス?」

 怪訝そうな表情をした彼。
 わたしは話を切り上げるように言う。

「タイムリミット…… 今回もダメ」

「………」

 本当は…… 彼がいくら頑張っても、わたしを捕まえるのは無理。
 それだけのトラップを仕掛けてあるから。
 30分の時間制限は、そのためのもの。
 30分では、わたしの元にたどり着くのは無理なのだ。

 わたしが……


 わたし自身が、その気にならない限りは。


「だから……」

 わたしは言う。

「次こそ、頑張って」

「う、うん……」

 戸惑い顔の彼の様子に、自然と笑みがこぼれた。

「お休みなさい」

 いつもの、別れのあいさつ。

「うん。お休み、ラピス」

 そして、回線を切断。


END


■ライナーノーツ

 劇場版 機動戦艦ナデシコ -The prince of darkness-

 こちらのアフターストーリーとなっています。
 アキトがルリ達の元へと帰って来るまでの間を埋める作品です。
 ラピスとハーリー君のふれ合いと、2人を通して、会えない間のアキトとルリを描くという2重構造になっています。

 このお話、別にラピス×ハーリーというわけではないです。
 もちろん、将来はどうなるか分かりませんが、ラピスもハーリー君も、それ以前の、人とのふれ合い、関わり合い、その中で学ぶべき事を必要としていますから。
 恋愛もいいですけど、こういったふれ合いも、彼らには大切なことだと思います。

Tweet

トップページへ戻る

inserted by FC2 system