魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター
46 妖精と共に歩む未来
俺たちが金の腕亭に行くと、フォックスが護衛を連れて待っていた。
奪取してきたものの受け渡しを要求するが、俺は白々しく告げた。
「何の話だ? 機密は既にマクドウェル商会の手に渡っているんだが」
一瞬、何を言われているのか分からない様子であっけにとられていたフォックスだったが、その意味を悟ったのか怒りの声を上げる。
「裏切ったのか、貴様!」
美人なだけに激高すると迫力がある。
しかし俺は悪びれることもなく淡々と言ってやった。
「裏切るも何も、俺たちと契約するつもりはないって、その口で言っただろう。だから俺たちとあんたの間には何の関係もない」
実際、俺の言うとおりなのだが、フォックスの怒りがそれで収まるはずも無かった。
俺たちをにらみ憎々しげにおどしつける。
「貴様ら、賞金首になっても構わないと言うのか」
フォックスからの威圧に、しかし俺は飄々と肩をすくめて見せる。
「賞金首の話ならマクドウェル商会が妨害してくれるって保証してくれたぜ」
フォックスは顔面を怒りに痙攣させた。
「こ、こんな真似をして、ただで済むと思っているのか?」
なおも言い募るフォックスにうんざりとして俺は答える。
「だから懇切丁寧に忠告までしてやって、契約しないのかって聞いただろう。それを断ったのはあんたの方だ。あんたさえ、きちんとしたビジネスをしてくれれば今頃、機密は元に戻っていたはずなんだぜ」
サルと見下していた相手にビジネスについて諭され、憤懣やるかたないといった様子のフォックスはなおも怨嗟の声を上げる。
「立場が分かっているのか。貴様のようなゴミ屑など、どうにでもできるのだぞ」
その物言いに、さすがに俺も呆れを隠せなかった。
「分かってないのはそっちだろうに。こっちはちゃんとしたビジネスをするよう念も押したし仁義も筋も通したんだ。この話はあんたたちの上層部、アッバーテ商会の背後(バック)まで通してあるからな」
「そ、そんなことが可能だと……」
「不可能だとでも?」
冷めた目をして言ってやる。
俺はアッバーテ商会の幹部の一人、大手マフィアのボスの所にシズカを使い(メッセンジャー)に出したのだ。
正式に仕事(ビズ)として依頼をしてもらわないと機密をアボット・アンド・マコーリー、ひいてはアッバーテに確実に引き渡すことについて保証をしかねるという話だ。
アッバーテにとっては、はした金で仕事の達成率が変わるというのだからアボット・アンド・マコーリーの背後に居る者に口をきいてくれて損は無いはずだった。
だがボスは平然と自分にそんな義理は無いと言い切った。
曰く、マフィアというのは基本的にのし上がることしか頭にない人種で、他とたまたま利害が一致して手を結んでみたところで隙あらば相手の喉元に喰らい付こうとするのが習わしだということ。
そしてそれはアッバーテ商会の役員たちを構成するマフィアの間でも同じ。
シズカと結んだ霊的経路(チャンネル)越しにそれを知った俺が次に用意した取引は、アボット・アンド・マコーリーが機密を得られなかった場合にはその失策をボスの地盤強化に使ってもらいたいということ。
筋を通すべきところを通さずにアボット・アンド・マコーリーが下手を打ったから親商会のアッバーテに損害が出たのだと指摘してもらうのだ。
ボスはアボット・アンド・マコーリーの背後に居る者、アッバーテ内のライバルに打撃を与えられるし、こちらは保護してもらえる。
ただ何かをしてくれと泣きつくだけなら子供にもできる。
しかしそれでは取引にはならない。
相手にも利益がある話でなければ、持ちかける意味が無いのだ。
こうして俺は手打ちにしてもらえるよう密約を交わしたのだった。
そして更にファルナが駄目押しをする。
「私たちのことより、帰って商会に自分の席が残ってるかどうかを心配した方がいいと思いますが?」
涼しげな声できついことを言う。
俺は思わず笑ってしまった。
おかげでアバラが痛む。
「き、貴様ら……」
フォックスの頬が引きつった。
「私たちが見ているのは物事そのものではありませんわ。そこには常に自分の在り方が投影されているのです」
ファルナは淡々とした口調でフォックスに告げる。
「あなたが私たちを見下し、対等の契約を結ぼうとしなかったのは人を信じることのできない、あなた自身の弱さがその裏にあったからですわ。その弱さがあなたの敗因。たった一つの単純(シンプル)な答えです」
俺は店の出口を示して言う。
「お帰りはあちら。俺たちはビジネスマナーってものを心得てるから安心しな。次はきちんとしたビジネスとして顔を合わせたいもんだね」
皮肉交じりに言ってやる。
しかし、
「もっとも、あなたに次があるならですけどね」
と、ファルナが言うとおりであったが。
言葉に詰まるフォックスが沈黙の末、口にしたのは、
「私がもし契約を交わしていたなら我々に機密を渡していたというのか? 貴様は私を憎んでいるはずだ」
「そいつはあんたの考え方であって、俺の意見じゃないな」
まぁ、人間は自分の理解できる範囲でしか物事を見ることはできないが。
「それに人生にもしは無い」
そう切って捨てる。
フォックスは憤怒の形相で吐き捨てように言う。
「地獄に落ちろ」
その呪いの言葉に俺は苦笑して答える。
「……地獄の味なら知ってるさ。恐ろしく苦いそいつを噛みしめることで自分の牙を研ぎ澄ませてきたんだからな」
俺にとって傭兵は副業(サイド)だが、遊びでやっているわけじゃないんだ。
それぐらいの経験は積んでいるさ。
そしてフォックスはいまいましげに鼻を鳴らすと立ち去って行った。
彼女にどんな処分が下るかは、俺たちのあずかり知らぬところだった。
「これで、この件はお終いでしょうか」
俺の肩に腰かけて翼を休ませるファルナは、さすがに清々した様子でつぶやく。
「ああ、中々に楽しいお相手だったが、もう俺たちとは踊ってくれそうにないな」
俺は頬を歪めて笑った。
「ただの若造と舐めるからさ」
リスクから逃げ回り、利潤だけを求める者は大成しないと言う。
リスクのある仕事に挑み、失敗と痛手をこうむったとしても、そこから更に乗り越え進むことこそが本当の成長につながるのだと俺は信じる。
そして俺の顔を見たファルナは微笑みを浮かべてくれた。
見た者の脳裏に鮮やかに残る笑みを。
それは従妹さんの笑顔にそっくりで、ファルナの中に今なお残る従姉さんが笑ってくれたような気がした。
おそらく従姉さんの魂はこれから時間をかけてファルナと一つになって行くのだろう。
俺は意を決して、しかし何気ない風を装って話し出す。
「この先、俺が人を愛して結婚したとしよう」
「マスター?」
「それで戦争が起きたりしたら、俺はその女を守るため戦場に立つだろう。そこで二人の運命は分かたれる」
俺はファルナに笑いかける。
「だがファルナ、お前とは最後まで一緒だ。俺はお前と並んで戦場に立ち運命を共にするだろう。それこそ最後まで、死が二人を分かつまで離れることは無い」
ファルナは泣きそうな顔をして言う。
「マスター、そこは死んでも離さないって言って下さいな」
「そうか、そうだな……」
俺にできるのは自分の本当の気持ちから目を逸らさないこと、心を偽らないこと。
一度自分の心を偽れば、死ぬまでそれを続けなければならない。
嘘を隠すために別の嘘を重ねて、そんなことを際限も無く続けなければならない人生などごめんだ。
人は愛とはただ一つの極まった形だと思い込んでいるが、実際は一人一人違うものだと俺は思う。
だから苦しく、だから楽しい。
「いい天気だな」
俺は窓から覗く、狭く四角い帝都の空を見上げながら言う。
「はい」
ファルナは一つうなずくと澄んだ声で、かつて従姉さんが好きだった言葉をつぶやく。
「神は天にいまし、世はすべてことも無し」
魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター 完
■ライナーノーツ
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