魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター

33 巨大商会の代理人

 何とか機嫌を直したファルナは応接セットのテーブルの上に移る。
 お茶に添えられたマシュマロに手を伸ばした。

「一つ頂いて行きますか」

 珍しい菓子を手にファルナは言う。

「うん?」
「串などに刺して直火で焼いてとろけさせても美味しいですし、クリームの代わりにコーヒーに入れると表面がじんわりと溶けてよく合うのですよ」

 そんな楽しみ方があったとは知らなかったな。
 そしてしばしの後、ジョエル氏が秘書と共に姿を現した。
 俺とファルナは立ち上がって彼を迎える。

「君の方から訪ねてくるとは珍しい。何かあったのかね?」

 油で丁寧に撫でつけた髪に精力的な光を宿す灰色の瞳が印象的なジョエル氏は、仕立てのいいフロックコートを普段着のように自然に着こなしている男だった。
 巨大商会であるマクドウェルの内部でも相応の地位に就いている幹部(エグゼクティブ)であることがそれだけでもうかがえた。

 そのこめかみには極小の魔法陣(マジック・サークル)が描かれている。
 毛髪に隠れて見えないが、ジョエル氏の頭部には魔法の染料でこれと繋がった呪紋が刻まれているはずだ。
 脳の短期記憶に接続(アクセス)し各種知識や技能を一時的に外部から取り込める頭脳端子(ブレイン・ジャック)だった。

 タフな対外交渉(ネゴシェーション)業務の多い商会の代理人には、財務、法務、人材、経営戦略、交渉術など、多くの領域に精通することが必要だ。
 彼はその助けとなる知識を記録水晶(メモリー・クオーツ)と呼ばれる記憶媒体から取り入れ(ダウンロード)、活用しているのだろう。

 お互い応接室に備え付けのソファーに座ったところで交渉に入る。

「実はアボット・アンド・マコーリー商会の機密について、やっかいな状況に陥っていましてね」

 と二日前、機密が入った黒い鞄をマクドウェル商会のスミスと名乗る男に渡したところまで俺は話す。

「君もまた想定もしないようなところで我が商会とアッバーテの抗争に関わったものだな」

 俺の話を聞いたジョエル氏は難しい顔をして語り出した。

「その機密というのは独立商会であるマコーリー商会が開発していた新式銃のことだ。完成後、我が商会が生産を担当し安価に帝国軍へと納入される予定だった」

 ジョエル氏は機密の内情をいともあっさりと口にする。

 軍はマクドウェル商会の重要な取引先で大口の収入源の一つだ。
 軍部の高官の天下りも多く受け入れており、それら元高級軍人が見返りに軍への便宜を図る。
 そういった密接な関係もある。

 その上でジョエル氏は状況を語った。

「だが、それに目を付けたアッバーテ商会が、系列のアボット商会を使ってマフィアの力でマコーリー商会を強引に乗っ取り合併。アボット・アンド・マコーリー商会が生まれた」

 機密の内容が内容だけに、話はアボット・アンド・マコーリー商会だけではなくアッバーテ商会本体にまで関わるものだったらしい。
 最初から技術を獲得する目的で商会の買収、合併を行うのは大商会ではよくやる手法だった。

「しかしマコーリー派の役員はアッバーテ商会のやり方に反発し、新式銃の機密を渡すことを渋った。そのためアボット派は傭兵、赤ずきん(レッドキャップ)の特戦隊を雇いそれを無理やり奪取した。我が商会にとって幸いだったのは、その特戦隊がアボット派を裏切って我々に機密の引き渡しを打診してきたことだった」

 だがしかしジョエル氏は表情を曇らせた。

「問題が発生したのはその後だった。新式銃の木型を奪取した傭兵の赤ずきん(レッドキャップ)たちが、我が商会との取引前に何者かに襲われたのだ。その襲撃者から更に木型を奪ったのが君たちだということは分かったが、我々はスミスなどという工作員(エージェント)は知らんし、そのような命令を下した事実もない。その男は何者なのだ? 機密は今、誰の手にあるのだ」

 ならばと俺は更なる情報を開示する。

「スミスの正体と木型の行方はつかみました。しかし我々は、アボット・アンド・マコーリー商会から裏切ったら賞金首にすると脅されている状態でしてね」

 するとジョエル氏は食いついてきた。

「あの新式銃の機密は我が商会の利益につながる非常に重要なものだ。我々に機密を渡せば金貨五十枚を代金として払おう。無論、賞金首の話も潰してやる。なに、我が商会の帝国に対する影響力をもってすれば、そんなもの造作もない」

 その言葉を受けて俺はアボット・アンド・マコーリー商会の内情を話す。
 機密はマコーリー派の工房に潜入して、オドネルから奪還する予定だと。

「アボット・アンド・マコーリー商会のオドネルね」

 ジョエル氏は秘書に指示をして部屋から送り出すと、俺たちに向き直った。

「分かった。それでは前金で金貨二十枚を渡そう。残りは木型と引き換えになる」

 秘書に指示を受けたのだろう、すぐにジョエル氏の部下が金貨を持ってきてくれた。
 さすが巨大商会であるマクドウェルの代理人。投資も思いきりが良い。

「他に我々ができることはあるかね? この件ではかなりのところまで支援を行うことが可能だが」

 その発言からも、マクドウェル商会がだいぶ入れ込んでいることが伝わってきた。

「なら潜入の手配を。アボット・アンド・マコーリー側が用意したものは、敵に見透かされている可能性があるので」
「よかろう。今日中に手配することにしよう」

 ジョエル氏は満面の笑みで要求に答えてくれた。
 やはりマクドウェル商会、仕事が早い。
 その言葉を受けて、俺はファルナに話を振る。

「それを伺って安心しました。ファルナは?」
「私からは特にありませんわ」

 彼女は言葉少なに同意を示した。
 その返答を確認してから俺はジョエル氏に聞いてみた。

「ただ情報を持っていたら教えてもらえますか? オドネルとナイトウォーカーのことを」

 その申し出に、ジョエル氏は表情を改めた。

「オドネルか。少し待ってもらえるかね?」

 そこに先ほど席を外した秘書が小さな双突水晶(ダブルポイント)を持って帰ってきた。
 ジョエル氏がこめかみの頭脳端子(ブレイン・ジャック)にそれ、記録水晶(メモリー・クオーツ)を当てると微細な光が結晶内に走り呪紋が輝いた。

「そうだな…… まずオドネルだが、彼はマコーリー商会出身の中堅役員であるものの、アッバーテの強引なやり方に反発する他のマコーリー派とは一線を画す。己の利益のためなら何でもすることで最近のし上がってきている。アッバーテと同じか、それ以上にマフィア的だよ、彼は。それは殺人狂で有名な傭兵、ナイトウォーカーを使っていることでも明らかだ」

 石に刻まれた記録から脳裏に必要な情報を呼出(コール)したのだろう、ジョエル氏は言った。

「殺人狂、ですか」

 その言葉は岩妖精のアルベルタの発言と重なるものだった。

「ナイトウォーカーと言えばその筋では有名な殺人鬼だからね。不死身と言われ仕事の達成率は高いが、やつは必要以上に血を流す。まともな者なら絶対に使わないね。いずれ確実に扱いきれなくなり破滅する」

 巨大商会の代理人を勤める者として断言する。
 その言葉には説得力があり俺は納得した。

 確かに、敵対した者を皆殺しという時点でやつはプロとは言い難かった。
 素人からすると目撃者を消すのは秘密を守る上で確実で良い手段だと思えるだろうが、実際には死体という物証を量産しているだけに過ぎない。
 また度を越した殺人は恨みを買い、採算を度外視した追跡や報復を呼ぶ。
 相手が費用対効果にこだわる商会だったとしても、大量の殉職者を出したのに報復も反撃もしないのでは、士気(モラール)が崩壊して組織が成り立たなくなってしまうからだ。
 警備だって固くなるだろうから、いいことなど一つもない。

「金色の守護者、堕ちた英雄か……」

 ジョエル氏が思わずといった様子でつぶやいた。

「知っているのですか?」
「ああ、魔導大戦時、帝国軍には幾人かの英雄が居たが、その内の一人だね」

 ジョエル氏は苦い表情をして答えた。

「金色の守護者。大戦末期の吸血鬼撲滅戦の英雄だ。戦場では敵をどれだけ多く殺せるかが英雄の条件で、彼はその条件を完璧に満たして見せた。しかし……」
「戦争は終わった」

 従姉さんの死と共に。
 ジョエル氏はうなずくとこう言った。

「だが彼はそれを認めないかのように殺し続けた。そうして英雄は堕ちた。逆はまず無いだけに、余計に始末が悪い」

 俺は昨晩のナイトウォーカーの言葉を思い出す。
 敵は稀代の英雄にして不死身の殺人鬼だ。
 死神とワルツを踊ることになりそうだと思いつつも口を開く。

「とはいえ悪党としては二流ですね。俺たちを殺しそこなっているくらいだ。だからこうして反対に命を狙われる羽目になる」

 もちろん俺だって易々と殺されるつもりなど無いが。

「それって私たちの方がより悪党だと言ってるように聞こえますから、止めて下さいな。相手は人狼か吸血鬼みたいな不死身の化け物ですわよ」

 とはファルナの感想だ。
 あながち間違っていないかとも思うが余計なことは口にしない。

「不死身の化け物が相手とは、まるで悪から世界を救う伝説の勇者のようだね」

 そうにこやかに言ってのけるのはジョエル氏だ。
 それに対しては肩をすくめて見せた。

「おとぎ話(ファンタジー)じゃないんだ。悪党を倒しただけで世界が救われる訳が無い」

 現実ってやつはそんなに単純にはできていない。
 もちろんジョエル氏だって良く知っているはずだ。
 ただし、

「俺たちは死刑執行人じゃないし、俺たちがあいつを裁くわけでもない。やつはやつ自身に裁かれるだけだ。ああいうやつは自らの業によって滅びるのさ。昔から決まっている」

 これだけは言って置く。

「そして、やつには貸しがある。俺たちはただ、その貸しを返してもらうだけさ」

 するとジョエル氏は目を細めて笑った。

「若いというのは良いものだ」

 そうして独白するように言う。

「それは勇気であり、意志の強さであり、現状に甘んじるより前進することを選ぶこと。そして昨日の痛手を理由に臆病にならず冒険に挑む心だ」

 これは彼なりの励ましの言葉なのかも知れない。

「それでは機密の受け渡しの場所と時間を決めよう」

 ジョエル氏が促す。
 こうして機密を横流しする段取りが決められたのだった。



■ライナーノーツ

>脳の短期記憶に接続(アクセス)し各種知識や技能を一時的に外部から取り込める頭脳端子(ブレイン・ジャック)

 サイバーパンクに登場する同様な機能を持つサイバーウェアを魔法仕掛けにしたもの。
 発想の元は士郎正宗先生のマンガ『攻殻機動隊』においてマイクロマシンを注入して脳に定着させるサイバーリンク手術の描写から。
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 そこまでしないでも頭皮にマイクロマシンを刺青のように埋め込めばいいんじゃないの、という。

 もしくは川原礫先生の小説『ソードアート・オンライン』に登場するナーヴギアの回路を呪紋として頭皮に直接書き込んだものともいう。
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