魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター

32 小さな彼女の嫉妬

「だったら、それとは別に防刃板を仕込んだ作業着を用意してくれ。布地は難燃素材で」

 俺は別の要求をする。

「そんなもの、自分たちで何とかしろ」

 と、にべもなくあしらわれるが、俺は食い下がった。

「ブツの手配には時間がかかる。仕事(ビズ)の成功率にも関わるぜ」

 作戦の成功率を引き合いに出され、フォックスは逡巡する。

「……そこまで言うなら、いいだろう。手配しよう。ただし貸すだけだ」

 俺は商会の用意した臭い服なんて誰が要るかと思うが、ここは黙っていた。
 フォックスは他に何かないか確認するが、

「俺はいいが?」
「私も特には」

 口を挟まず交渉の経緯を見守っていたファルナも同意する。
 そしてフォックスは立ち去った。
 それを見送ってからファルナは言う。

「武器ならともかく、防具だったらお店でも買えるんじゃないんですか?」

 俺の注文はブラフだった。

「いや、どうせこの場限りのものになるから余計な出費は控えたいだろう」

 人の悪い笑みを浮かべて俺は言う。

「それに、これで工作のための時間が稼げる」
「時間稼ぎ?」

 ファルナは切れ長の眼を細めた。
 この上、更に俺は細工をするつもりだった。



「さぁて、それじゃあ奥の手を切るか。気は進まんが」

 そうつぶやく俺に、ファルナは軽い調子でさらりと聞く。

「なら、止めておきます?」

 俺が止まらないことを知った上での微笑を含んだ小気味良い問いかけ。
 俺は小さく首を振って言う。

「実際、手札がブタばかりという状況が頻繁に起こりうるのが現実ってやつだからな」

 だからこそ、

「コネとか技術とかイカサマとかは、そういう状況を無理やりひっくり返すために使うのさ」

 俺はファルナを連れ新市街へと向かった。
 距離があるため四輪二頭立ての乗合馬車に乗る。
 二階建ての座席が特徴で、俺たちは後方に備え付けられた螺旋階段を上る。
 普通、女性はスカートを穿いているので二階席は使わないのだが俺の胸のポケットに入ったままのファルナには関係ない。

「風が心地良いですね」

 雨が降らない限りは、上の席は眺めが良いので快適だ。

「そうだな」

 胸のポケットから出した顔を穏やかな風に晒しながらつぶやくファルナに、俺は言葉少なにうなずいた。
 乗合馬車に揺られ辿り着いたのは、帝都の商業的な中心とも呼べるビジネス街だった。

「凄く場違いな所に来たような気がしますわ」

 興味深げな声でファルナの感想が述べられる。

「奇遇だな。俺もだ」

 俺も同意した。
 ごみごみして汚れていても、やはり住み慣れた旧市街の方が気楽だった。
 街路には塵ひとつなく、ものものしい衛兵たちによって治安は守られている。

 頭抜けたのっぽの姿はトロール鬼で、悪名高い悪辣帝バートが雇っている近衛兵(ガーダー)だ。
 その巨体から繰り出される攻撃はもちろん凄まじいが、皇帝を守る盾としての役割こそが期待されているとも聞く。
 この肉の壁、いや生きた城壁を突破して警護対象に危害を加えることをできる者が果たして存在するかどうか。

 治安の良い新市街では武器をぶら下げて歩いていると公衆の面前で脅迫行為に使用したことになり捕まってしまう。
 板金鎧をも貫く銃器が蔓延した結果、時代遅れとなってしまった金属鎧の類も同様だ。

 だから俺は擲弾発射器(グレネードランチャー)をバッグにしまって肩に掛けている。
 左手の鉛入りグローブは隠し武器のようなものだ。

 長居は無用なため、俺は目的地まで真っ直ぐ歩きマクドウェル商会の本店を訪ねる。

「アボット・アンド・マコーリーを裏切る気ですか?」

 ファルナが気遣うように尋ねるが、俺は涼しい顔をしてこう答える。

「仕事(ビズ)の重複受付(ダブルブッキング)なんて、この業界じゃあ日常茶飯事だぜ」

 報酬の二重取りを考えないだけ、良心的だと思ってくれ。
 それにフォックスのやつにこっちの忍耐にも限度があると教えてやりたいってこともある。

「フォックスの動きが漏れているかも知れない以上、後ろ盾は別に欲しいところだからな」

 俺はファルナを安心させるよう笑って見せた。

「まぁ、実際のところはマクドウェルの代理人の話を聞いてからだ。運命がカードを混ぜ、われわれが勝負するってな」

 地価高騰に伴ってか奇抜なデザインの建物が目につく街並みの中、マクドウェル商会の本店は逆にオーソドックスな建物なので並外れた規模と相まって非常に目立つ。
 圧倒的な存在感を示す玄関ホールを潜ると、受付にて俺は自分の名前を告げ代理人を勤めるジョエル氏を呼び出してもらう。
 いかにも商会の人間らしい上品なツーピースを着込んだ美人の受付嬢に、いくつもある応接室の一つに通された。
 お茶も出されたが、天下のマクドウェル商会だけあって香草茶(ハーブティー)などの代用茶ではない。
 東方から輸入されている本物の紅茶だった。

「さすがマクドウェル商会。受付嬢のレベルも高いんですのね」

 俺がクッションの効いたソファーに浅く腰かけるとすぐ、ファルナは俺にささやいた。
 どこか拗ねたような声だった。

「どうした?」

 俺は首を傾げて問う。
 何か、彼女の機嫌を損ねるようなことがあったのだろうか?

「いえ、紳士的に振舞うマスターを見て、相手が変われば対応も変わるのだなと思っただけですから」

 そして、半目に閉じた瞳から含みを持った視線を俺に向けて言う。

「マスターも、やっぱり人間の男性だということですね」

 刺々しい声に俺は笑った。

「何がおかしいんですの?」

 ファルナは俺のことをにらむ。
 そんな表情も魅力的な彼女に言ってやる。

「あんなの社交辞令だろ。当たり障りのない仮面を着けてやりすごしているだけだ」

 単なる大人の知恵、マナーってやつだ。

「俺が本当の素顔を見せるのはファルナ、お前に対してだけだよ」

 ファルナは不意を突かれ驚いたように涼しげに見える口元を半開きにした。
 そして頬を朱に染めつぶやく。

「そんな言い方、ずるいですわ……」

 ずるくて結構。
 俺はそういうやつだからな。
 自然と浮かぼうとする笑みをファルナに怒られないよう抑えた。

「別段、仕事中に女を口説く趣味は無いしな」
「マスターに無くたって、相手がそうじゃないとは限らないじゃないですか」

 それは考え過ぎと思うがな。



■ライナーノーツ

>距離があるため四輪二頭立ての乗合馬車に乗る。
>二階建ての座席が特徴で、俺たちは後方に備え付けられた螺旋階段を上る。

 ロンドンバスというと二階建ての車両が有名ですが、これは馬車の時代からの伝統です。
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 こんな車両が走っていました。


>治安の良い新市街では武器をぶら下げて歩いていると公衆の面前で脅迫行為に使用したことになり捕まってしまう。

 この辺はアメリカの法律が参考になります。
 銃大国のアメリカですが、銃を見えるようにぶら下げて歩けるのはオープン・キャリーといって警察など職業として認められている者のみになります。
 その他の人間はコンシールドキャリーといって、外から見えないよう携帯するわけですが、これにはライセンスが必要となります。
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 まぁ、アメリカは州によって規制が違うので一概には言えないのですけど。
 そもそもコンシールドキャリーってハンドガンが対象で、ライフル等はまた別ですしね。


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