魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター
10 ブツの回収
闇夜に繰り広げられる銃撃戦を、俺とスミスは離れた所から息を潜めて見詰めていた。
俺はファルナとの視覚の共有を切り、密かに息を吐く。
独りになった孤立感が背筋を震えさせるのを、左手をきつく握りしめることで耐える。
グローブをはめていたおかげで、爪が手のひらに食い込むことだけは避けられた。
魔装妖精との長時間の感覚の共有はとても危うい。
自分があいまいになり溶け出すような多幸感。
溺れてしまったら多分、とても楽になれるのだろうが、しかし……
俺は信じられないほど鈍重な自分の肉の身体を苦労しながら動かし、静かに時を待つスミスに目を向ける。
俺たちからもランプの明かりが一つ、その場から離れるのを見通すことができた。
馬車の座席に乗り込み、すかさずスミスに指示を出す。
「ファルナが目標の分断に成功した。あの逃げるランプを追って下さい」
御者台のスミスが確認の声を上げた。
「あれが目的の物を持っているという確証は?」
俺はファルナの目を通して見ていたことを伏せ、当然のことのように説明する。
「ファルナからの銃撃が止んでいる。目的を達した証拠だ」
確かに現場では赤ずきん(レッドキャップ)たちと襲撃者との間で散発的な撃ちあいがあるだけで、ファルナの雷撃(ライトニングボルト)による攻撃は止んでいた。
納得したスミスは馬に鞭をくれる。
走り出した二輪一頭立ての軽快な馬車はすぐに逃げ出す男を捕捉した。
「どう料理します?」
そう問うスミスに、
「轢いちまえば?」
俺は平然と答える。
手綱を握るスミスは口の端を歪めた。
その大振りな犬歯を剥き出し笑う。
「……無茶を言いますね」
口ではそう言いつつもどこか愉しげな反応に、俺は背筋にぞくりとした寒気を感じる。
スミスは車輪を激しく軋ませながらも、見事な技量で馬車を操ると逃げる男を引っかける。
「ピギャッ!」
半水棲馬(ケルピー・ハーフ)に足蹴にされた男は豚のような悲鳴を上げて石畳の上を無様に転がった。
俺はすかさず擲弾発射器(グレネードランチャー)を片手に馬車から飛び降りる。
地面を転がって勢いを殺し、身を起こした。
派手なスタントを演じたが、丸みを帯びた擲弾発射器(グレネードランチャー)はこのように扱っても服に引っかかったりしないし自分を傷付けたりもしない。
銃を構成する部品は火打石の先端以外は絶対に尖っていてはいけない、とはこの擲弾発射器(グレネードランチャー)を用意してくれた岩妖精の銃職人(ガンスミス)の言葉だったが、なるほど実際に使ってみれば納得だ。
男はうずくまったまま動けないでいる。
ここは銃を使われる前に片づける手だった。
こちらに気付き何とか立ち上がろうとする男の元に駆け寄り、その手にあったマスケットの短銃を蹴って弾き飛ばしてやる。
そうして擲弾発射器(グレネードランチャー)を突きつける。
長銃と同じく銃床(ストック)は鎖骨に当たらないよう肩ポケットと呼ばれる右肩にある窪みに当てるが、反動が大きいため頬付けはしない。
「動くな。さもないとおたくの胴体に風通しのいい穴が開くぞ」
実のところ無抵抗のやつを撃つ趣味は無いのだが。
ザコに興味は無いからな。
しかし男は俺と擲弾発射器(グレネードランチャー)を見て笑った。
「お、俺は知ってるぜ。擲弾発射器(グレネードランチャー)は爆弾を撃ち出すためのもんだ。この近距離で役に立つはずがねぇ!」
男の身体が不意に跳ね上がった。
ダメージを感じさせない動き、そしてその足元に転がった薬ビン。
戦闘薬(コンバット・ドラッグ)か!
薬(ヤク)をキメて一時的に痛覚を鈍らせ無理矢理力を絞り出しているのだろう。
反動(クラッシュ)や副作用を考えると多用できる手段じゃないんだが。
男はポケットに突っ込んでいた手を抜くと同時に手にした得物のボタンを押す。
ばね仕掛けで刃が勢いよく開いたそれは飛び出し(オート)ナイフというやつだった。
衛兵が犯罪者と相対した場合に短銃や警棒を手放さず片手で素早くナイフを使った作業ができるため採用していると聞くが、実際には裏社会(アンダーグラウンド)で暗器として使われることの方が多い。
携帯性が高く非常に攻撃的で使い方によっては銃よりもはるかに危険なものだからな。
こんな風にポケットから出した瞬間にボタンを押し、そのまま相手を突けば不意を打てるし音も無く人を殺せる。
だが、
「そうかい?」
俺はそう答えながら擲弾発射器(グレネードランチャー)をしっかりと構えると引き金(トリガー)を絞った。
火打石が火打金を叩く音がすると同時に火薬の破裂音が轟いた。
長く耳に残る銃声と共に胡桃材(ウォールナット)の銃床(ストック)を押し当てていた肩に痛烈な反動が走り肉と骨がぎしりと軋んだ。
発射に使う火薬の量は普通の長銃と大して変わらないが、飛ばす物の質量がけた違いだ。
それゆえ銃床(ストック)から肩へと伝わる反動は分厚いゴム製の衝撃吸収材(リコイルパッド)を台尻に付けていても化け物じみていた。
過去、制式化していた帝国軍でも使用者は必ず肩を抜かれたと言われていたほどで、常人が扱うには銃床(ストック)を地面に着けて撃つ必要があった。
減圧室を設けた低反動のものも開発されたと聞くが実用化にはほど遠く、結局擲弾発射器(グレネードランチャー)は帝国軍制式装備から外され姿を消したのだった。
そして銃口から大きな弾体が撃ち出された。
切れ目のある円筒状で、先端にくぼみがある非殺傷のゴム(スタン)弾だった。
先端のくぼみが受ける風圧で切れ目に沿って十字形に開いて飛翔すると、立ち上がろうとしていた男にぶち当たる。
そして巨大な鉄槌(スレッジハンマー)で殴りつけたかのように、その身体を薙ぎ倒した。
「また、つまらないものを……」
撃ってしまったものだと独り言ちる。
擲弾発射器(グレネードランチャー)から立ち上る、むせかえるような硝煙の匂いが鼻についた。
男は完全に意識を失ったようだった。
久しぶりの戦闘の幕引きとしては物足りないがこんなものか。
大事なものを回収するなら、もっとましな工作員(エージェント)を使っておけって話だな。
非殺傷の、しかも高価な弾をわざわざ使うのは我ながら甘いとは思う。
鋳型さえあれば適当に鉛を鋳溶かして自作することもできるマスケット銃の弾と違って、擲弾発射器(グレネードランチャー)の特殊弾頭は値が張るというのに。
俺もヤキが回ったか。
まぁ、きれいごとで済まない汚れ仕事(ダーティーワーク)もクールに、そして手際よく片づけて見せるのもプロというものだったが。
俺は頭を振って気分を切り替えると、男が持っていた黒く四角い鞄を回収する。
中身に興味はない。
下手に知れば自分の立場が危うくなることだってある。
ただの金の元、そう考えて馬車に戻る。
スミスは俺から鞄を受け取ると流れるような自然なしぐさで、
「それではここで、お別れと行きましょうか」
狂気を秘めた薄笑いを浮かべながら平然と短銃を向けてきた。
■ライナーノーツ
>銃を構成する部品は火打石の先端以外は絶対に尖っていてはいけない
世界一有名なカスタムナイフメーカーであるボブ・ラブレス(R.W.ラブレス)氏のエピソードから。
一人のナイフメーカーがボブさんにナイフを見てもらおうと差し出したところ、彼は、
「このナイフは本当に素晴らしいナイフだ。自分でもこんなにうまくはできないだろう。ただ、ナイフはブレードのエッジ以外の部分は絶対にシャープであってはならない。ヒルトの角やグリップの角が丸みを帯びていなければならない。」
というなり、グリップエンドの角の部分を左腕に押し付けてこすり、血を滲ませて実例を示したのである。
ナイフを差し出したメーカーは、素晴らしいレクチャーを受けて幸せそうであったし、他のナイフメーカーにも素晴らしい勉強になったと私は思っている。
(ナイフ・マガジン1991年8月号 大野隆久氏の記事より)
もっとラブレス氏と彼のナイフについて知りたいという方にはこちらの本があります。
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