ガンダム世界でスコープドッグを作ってたらKMF紅蓮に魔改造されてしまった件
第3話 敵の補給艦を叩いて砕く Aパート
宇宙都市建設の鉱物資源を得るために月軌道上に運ばれてきた小惑星ルナ2。
ホワイトベースはそこに設置された地球連邦軍基地へと向かっていた。
アムロ少年が飯も食わず風呂も入らず着替えもせずにガンキャノンの整備に追われる中、ミヤビはどうしていたかというと……
自室で飯を小さな口でハムハムと食べ、シャワーを浴び、ベッドで睡眠をとっていた。
「夜は眠るものよ」
かつてミヤビは妹のミライにそう語っていた。
無駄に整った顔で、世界の真理を解くかのように静謐な表情で語る姉に、幼い日のミライは神々しさを覚えるほど感動したものだったが、その後理解することになる。
「姉さんは寝ないとダメなヒトってだけだったんだわ……」
と。
ミヤビは技術畑の人間には珍しく徹夜ができないタイプで、三交代とか夜勤には絶望的に向かない人間。
やったら絶対途中で目を開けたまま寝る。
前世では試験前日でも平気で早い時間に寝てしまうため、高専の寮では同室の人間に「余裕だな」などと毎回言われていたが、そんなことはない。
単純に起きていられないし、寝不足では頭が働かないだけである。
ただミヤビが前世で通った高専は中学卒業後5年間の一貫教育で大卒並みの学力を身に着けるという、冷静になって考えるとかなりムチャな学校。
2年間分の圧縮は日々の教育スケジュールに反映され、授業は8時間目まであり、定期試験で受けなくてはいけない科目数は通常の高校や大学の倍。
その上、大学と同じく前期後期で中間、期末テストがある年4回の…… 要するに高校生より試験範囲となる期間が広いのだ。
また50点未満で赤点、1教科でも落としたら留年、そしてクラスでも何人かは確実に留年し、留年した者は大半が学校を辞めるというシビアな世界。
いくらテスト前日、睡眠時間を削っての一夜漬けはあまり効果が無いと言われていても、やらずにいられる者は少ないし、やらないで卒業にこぎつけられる者はもっと少ない。
日々の努力のたまものとはいえ、ミヤビは前世では割と優秀な部類の学生だったと言えよう。
無論、それでもクラス内での成績は中の上程度にしかなれないのが県内中の秀才(天才は進学校経由で一流大学に進むからあまり居ない)を集めた高専という学校だったが。
それで前回の出撃でドラケンE改をボロボロにしたはずのミヤビがどうして休息をとっていられるのか。
それは……
『ミヤビさん、新しい機体のチェックと慣らしが終わりましたよ。もう元気百倍です』
ベッドサイドのモニターから届くサラの報告。
「んんー?」
直すには時間がかかりすぎると判断した時点ですっぱりと修理をあきらめ、別の機体に乗り換えることにしただけである。
ミッションディスクを元の機体から抜いて、新しい機体のスロットに差し込むだけ。
新たな機体を念のためチェックして慣らし運転も行うが、それはサポートAIのサラがオートでやってくれる。
前世では真冬に寒風吹きすさぶ中、凍えながら原付スクーターの慣らし運転(ヤマハの説明書には「25km/h以下で100km走れ」と書いてあるし、ヤマハの正規ディーラー、YSPの整備士は「1000kmまでは、フルスロットルは控えるように」と言っていた。拷問か!)を延々とやった記憶のあるミヤビにはすこぶるありがたい。
あっという間の主人公機交代イベント。
と言うよりアニメ『装甲騎兵ボトムズ』の主人公のように量産機をあっさりと乗り捨て、乗り換えていくスタイルだ。
作業機械が元になっている安価なドラケンE改だからこそできることだったが。
そして、
『緊急警報、緊急警報、戦闘可能な方はブリッジに集合、年齢は問いません。機関区以外の者はすべてブリッジに集合』
「……ミライ?」
聞き慣れた妹の声で起こされたミヤビは半ば寝ぼけながらブリッジに向かうのだった。
その場に居る人間すべてが息を飲むのが分かった。
慣れないおろしたての軍服に身を包む少年少女たちの中、ネコ科の動物を思わせるスレンダーでしなやかな身体のシルエットを浮き立たせた紫紺のパイロット用ノーマルスーツに身を包んだその女性は明らかに異質だった。
人間的な感情をどこかに置き忘れてきたかのように静謐な美貌に、けぶるような輝きを秘めた瞳。
『ヤシマの人形姫』の名にふさわしい落ち着いた面差し。
「み、ミヤビさんあなたは……」
場を仕切るブライトは、そして多くの者は、すぐにでも出撃できる格好、それでいてとても落ち着いた表情のミヤビを見てこう理解している。
彼女はやる気だと。
実際、ミヤビはドラケンE改でザク3機を撃破している人物だ。
そう受け取られるのも無理は無いだろう。
しかし彼女をよく知る妹、ミライには……
(姉さん、またそんな恰好で…… しかも半分寝てるし)
と、思わず額を押さえてしまいそうになるものだった。
ミヤビは女性服を着るのが苦手で避けており、どうしても着なければならない場合は死んだ目(身内にしか分からないが)をしながら着ている。
だからこそ男女差のないノーマルスーツを好んで着込んでいるのであって、皆が思うように好戦的な理由で着ているわけではないのだ。
なお男女差が無いのはデザインだけで裁断などは女性の身体に合わせてあるし、身体の線が出るパイロット用ノーマルスーツはある意味扇情的な代物だったが、自分の美貌をよく理解できていないし理解したくもないミヤビにその辺の自覚は無い。
前世ではプラモデル、1/35コア・ファイター付属のノーマルスーツ姿のセイラさんのフィギュアを見て「エッチなお尻だなぁ」などと思っていたものだったのだが、それを完全に忘れていた。
また「パイロットスーツ着っぱなしっていうのもアニメ『装甲騎兵ボトムズ』の主人公っぽいよね」というのもミヤビがノーマルスーツを好む要因の一つだったし、彼女の乗るドラケンE改が本当にボトムズ登場のスコープドッグのように生命維持装置等をノーマルスーツに頼っているということも大きい。
なにせドラケンE改のコクピットは一応の気密はあるが絶対ではなく酸素供給等、生命維持はパイロットが着込んだノーマルスーツ頼りになっている。
動力源である燃料電池の排熱を直接コクピットに引き込んだヒーター程度なら標準装備されているがクーラーはオプション扱いだから、宇宙服であり温度調節機構が組み込まれているノーマルスーツはこの点でも頼りになる。
また自動消火装置は搭載されておらず、安全基準を満たすためのハンディタイプの消火器(粉末系は使用後の始末が厄介なため二酸化炭素消火器を搭載。使用には窒息に注意が必要)が申し訳程度にコクピットに備え付けられているだけであるからして、難燃素材でできたノーマルスーツは欠かせなかった。
「ブライト」
ミヤビの姿に唯一飲まれなかったミライに促され、ブライトははっと気を取り直す。
「あ、ああ。みんなの意見が聞きたいが時間がない。多数決で決めさせてもらう。まず、できるできないは五分五分だが、ともかくルナ2前進基地に逃げ込むのに賛成な者、手を挙げてください」
補給を受けようとしているらしいシャアのムサイと戦うべきかどうか。
ブライトはまず逃げ出す方に賛成する者を知ろうとするが、
「ミ、ミヤビさん!?」
真っ先にミヤビが手を挙げたことに驚く。
彼女は戦うためにこそ、ノーマルスーツに身を包み、臨戦態勢で現れたのではなかったのか、と。
そして気づく。
「まさかあなた一人で……」
ミヤビはこう言っているのだ、自分が囮となって出撃するからホワイトベースは早くルナ2に逃げ込むのだ、と。
そんなわけが無い。
まったくの誤解である。
彼女は半分寝ぼけた頭で純粋に「戦いたくないでござる! 絶対に戦いたくないでござる!!」と主張しているに過ぎない。
仮に「子供たちや非戦闘員を守って戦うのは大人の義務なんだよ」と諭されても「義務であろうと戦いたくないでござる!」と言い切っていただろう。
だからブライトの問いかけにもただうなずく。
自分一人でも逃げるぞと。
無論、それが皆に逆の意味に取られてしまったのは言うまでもない。
そして……
ブライトは己を深く恥じた。
自分はなぜ多数決を取ろうとなどしたのか。
指揮を任されているのは自分なのだから己の責任で決断しなければならなかったのだと。
そんな自分の弱さが、ミヤビの自己犠牲的な、悲壮なまでの決意を招いてしまったのだと。
だから一転して熱い声を張り上げこう宣言する。
「出撃する! ミヤビさんのドラケンE改を中心にアムロはガンキャノン、リュウはコア・ファイターで援護! 場合によってはガンタンクの出撃もありうる。ビーム砲スタンバイ急げ」
「了解!」
無論アムロや、この場に集まった者たちも想いは一緒だ。
ミヤビだけに戦わせてはならないと力強く答える!
「ホワイトベース、180度回頭!」
そして今更ながら周囲の熱気のせいで頭がはっきりしてきたミヤビは呆然とする。
えっ、ホワイトベースのクルーってこんな戦争狂(ウォーモンガー)揃いだったっけ?
ここってもしかして岡崎版のガンダムのマンガ世界なの?
アムロ君はギレン・ザビの演説が映しだされたモニターを「うぉーっ!」とか叫んで叩き割っちゃう熱血キャラだったりするの?
と……
どうしてこうなった。
『ええと右舷デッキ、カタパルト接続終了。ミヤビさん、ドラケンE改発進OKです』
「いつでもどうぞ」
ブリッジで慣れないオペレーターをつとめるフラウ・ボウに答えるミヤビ。
しかし、そこに割り込みが入る。
『ブリッジ! 彼女を止めてくれ!』
デッキクルーからの悲鳴じみた報告だ。
『は、はい!?』
『カタパルトの加速度設定が耐えられる範囲を超えている! 失神(ブラックアウト)は免れないぞ!』
しかし、
「ドラケンE改、発進!」
ミヤビは構わず発進。
その細い身体を襲う暴力的な加速度に歯を食いしばりながら耐える。
通常なら自殺行為に等しかったが、彼女には成算があったのだ。
ドラケンE改にはメカニカル・シート・アブソーバーと呼ばれるパイロット保護のための機械式緩衝装置が内蔵されていた。
パイロットシートを斜め下後方から突き出した大型の機械式ダンパーで宙吊りに固定することで機体からパイロットへ伝わる衝撃を和らげる働きがある。
後に全天周囲モニターと共に第2世代モビルスーツに採用された技術、リニアシートに使われたパイロットへの衝撃を吸収する機構、マグネティック・アブソーバーの簡易版のようなものだ。
元々は原型機であるドラケンEの歩行における振動が酷く、それを緩和するため採用されていた機構だった。
その後、機体制御OSの改良による揺れの抑制、ドラケンE改へのローラーダッシュ機構の採用による歩行頻度の減少で必要性は下がったが、背面ロケットエンジンの採用で加速時のG軽減機能として利用できることが分かった。
フレキシブルに多方向のGに対応できるマグネティック・アブソーバーと違い、取り付け方向にしか働かないという制限があるメカニカル・シート・アブソーバーだが、ドラケンE改の背面ロケットエンジンによる加速時、そして離艦のためのカタパルト加速時にはうまい具合に方向が合って機能してくれる。
これと耐Gスーツ機能を持ったパイロット用ノーマルスーツの併用、そしてパイロットの訓練によりドラケンE改は最大9G(あくまで最大。素人のミヤビには耐えられないのでもちろんもっと落としている)もの加速度にも対応が可能となっているのだった。
(まぁ、この機体にはサポートAIのサラちゃんが載ってるから万が一失神しても大丈夫だし)
というのもミヤビが断行した理由ではあったが。
ともあれ、なぜミヤビがこんな真似をしたのかというと当然、推進剤の節約のためだ。
機体が小さなドラケンE改はその分、通常サイズのモビルスーツより推進剤を積める量が少ない。
無論、機体が軽い分、加速に必要な推進剤も少なくなるため単純比較はできないが、ともかくいざというときに惜しみなく使えるよう、節約するに越したことはない。
それがミヤビの生存確率を上げることになるからだ。
そのためにカタパルトによる初期加速を限界まで取るセッティングをしたのだった。
しかし、である。
そういった事情もドラケンE改に搭載された機能もミヤビ以外誰も知らない。
そんな状況で、命を削るかのような自殺的な加速により単騎で飛び出していったミヤビのドラケンE改を見て、ホワイトベースに残された者たちはどう思うだろうか。
ミヤビはそこに気づいていなかった。
先行しておいた方が、後発で追いつくために加速しなければならない場合より推進剤が節約できるよね。
ミヤビの理系脳はただそれだけしか考えていなかったから。
「ミヤビさん、あなたはどうしてそこまで一人で背負おうとするんです」
自分一人で囮になって見せると宣言し、出撃にあたっては己の身を顧みない殺人的な加速で先頭を突っ走る。
ミヤビの決意を思い、身体を震わせるブライト。
そんなに自分たちは頼りにならないのかと、無力感にさいなまれる。
何が彼女をそこまでさせるのか、彼には分らなかった。
そんなことをミヤビは考えていないのだから、分かるはずがないのだが。
通話機を手に取り叫ぶ。
「リュウ!」
『任せておけ! 彼女を決して一人で戦わせはしない! 出力60、70、85、120、発進!』
熱く答えるリュウのコア・ファイターが発進する。
「コア・ファイター離艦終了。アムロ。ガンキャノン、カタパルト用意。わかる?」
フラウの報告と確認。
『そのつもりだ。やってみる』
アムロもまたその声に力がこもる。
『手引書どおり。カタパルト、装備チェック、ガンキャノン出力異常なし』
ガンキャノンの両足をカタパルトに接続。
そして、
『アムロ、行きまぁす!』
アムロのガンキャノンが征く!
「10キロ前進後、敵に対して稜線から侵入のため降下。いいですか?」
『了解』
アムロが答え、
『了解』
リュウもまた答える。
『了解、以後作戦開始まで通信の発信を封鎖します』
と、ミヤビ。
『切るのは発信だけ。そして攻撃開始と同時に入れるのを忘れないように』
『は、はい』
『分かった』
そのやり取りを聞いて、ブライトはため息をつきそうになるのを抑える。
リュウ、お前はパイロット候補生とはいえ軍人だろう。
非軍人であるはずの彼女にフォローされてどうするのだ、と。
しかしフォローされているのは自分も同じかと気づく。
本来、リュウが気づかなければ自分が命じるべき事柄だからだ。
なおミヤビがこの発言をしたのは、今になってアニメ『機動戦士ガンダム』第3話にて、リュウが通信を切ったままでいたせいで作戦に支障をきたしたことを思い出したからだ。
別に深い思慮があったたわけでもない。
むしろ思い付きの泥縄式な対策で穴がある可能性も、かえって混乱を招く可能性もあったはずで、決して褒められるようなことではないとミヤビは思っていた。
だからブライトの思いにも気づかなかったし、増してや自分が過大評価されているなど夢にも考えていなかった。
「左右ビーム砲、スタンバイ急げ」
『砲撃スタンバイ。エネルギーパイプ接続』
ブライトの指示に応えたのは、砲座に着いたハヤト少年だ。
『前部主砲リフトOK。装填、開始します』
実弾式の主砲も正面にせり上がる。
「8分後に敵が視界に入る。それまでに手引書をよく読んでおけ。ともかく撃って援護ができればいい。ただし味方には当てるな」
主攻はあくまでもミヤビたちモビルスーツ部隊。
ホワイトベースはそれを援護する助攻ということになる。
母艦であるホワイトベースがやられたら、すべてが終わってしまうからだ。
それが正しいのか、ブライトには判断しきれなかった。
シャアはホワイトベースやこちらのモビルスーツの性能を読めていない。
そこに付け入るスキがあると考えているが、性能を把握しきれていないのはブライトだって同じだった。
何しろサイド7での戦いがホワイトベースと連邦軍新型モビルスーツ、ガンキャノン初の実戦であり、しかもザクを撃破したのはガンキャノンではなく従来兵器であるミドルモビルスーツのドラケンE改。
これでは味方の戦力を把握しろと言われても難しかった。
全部ミヤビのせいである。
■ライナーノーツ
> ここってもしかして岡崎版のガンダムのマンガ世界なの?
岡崎優先生が『冒険王』に掲載していたマンガ「機動戦士ガンダム」のこと。
「負けんぞ…… 絶対にキサマらなどに負けるものか……!!」
などと言う熱血アムロを見ることができます。