ドラッツェ2号機を追って、モビルスーツ搭載型サラミス級巡洋艦ボスニアは星の海へと乗り出した。
 星の大海原は、若い絆を育むかのように果てしなく広がる。
 だが、そこに待ち受けていたのは、新たなる敵。
 一年戦争の怨念は、波のうねりとなってアニッシュを襲った。
 傷ついてゆくドラッツェ1号機。
 響き渡るデラーズの声。
 窮地に立ったアニッシュの前に今、メイの心は確かに何かを掴んでいた……



機動戦士ドラッツェ 0083 STARDUST MEMORY
第6話「フォン・ブラウンの戦士」



「ぐずぐずするなぁ!」
「もう一人こっちに回してくれ!」

 大破したドラッツェ1号機を前に、慌ただしく動き回る整備兵達。

「急いで! フォン・ブラウンに着いちまうぞ!」
「なんともまぁ、派手に壊したもんだなぁ。アナハイムの連中、涙流して喜ぶだろうぜ」
「でも、ボスニアが沈まなかっただけマシです」



「では! 増援は望めないわけですか?」
『今の連邦軍の体質は保守に凝り固まっておるのだ。幕僚たちのデラーズ・フリートに対する評価も甘い。これ以上ワシの権限では艦は回せん。わかってくれ』

 ジャブローとの通信で、コーウェン将軍と直に話し合うレーチェル・ミルスティーン少佐。

『レーチェル大尉、今は君達だけが頼りだ。がんばってくれ。以上だ』

 その言葉を最後に通信は切れた。

「ん…… デラーズが、事を起こしてからでは遅いんだって分かってないのかしらね、上の方は」
「艦長、フォン・ブラウン公安管理局より入電。第1ブロック宇宙港への入港許可が出ました!」

 同じく停泊している強襲揚陸艦アルビオンを横目に接岸するボスニア。



「元気を出して下さいよ、少尉」
「そうですよ、せっかくシャバに出られたんですから……」

 せっかくボスニアから下船して、月面都市フォン・ブラウンに降り立ったというのに、元気のない上官に声をかけるロイとトム。

「………」
「………」

 お互い、見つめ合うアニッシュとメイ。
 アニッシュはメイの警告を無視して出撃し、ドラッツェ1号機を大破させてしまったことに。
 メイは、ベータ版であっても、自分のデータを渡しておけば、アニッシュが死ぬような目に遭わなかったことに。
 それぞれ負い目を感じているのだ。

「メイ!」

 そこに、声をかけてくる男。

「ガースキー!」

 凍りついていたメイの表情が、わずかにほころぶ。
 相手は、それだけの価値を持つ相手だった。

「メイ、元気だったか?」
「そっちこそ、どうしてここへ?」
「お使い(クーリエ)ってやつだ」
「ああ、ケンがこっちに来てるから……」

 ガースキーはケンと同じくジオン共和国の防衛部隊に所属している。
 メイはそれゆえの使いかと考えたが、実際にはデラーズ・フリートへの使いに出向いていたガースキーだった。
 そしてメイはアナハイム社オサリバン常務の出迎えを受ける。

「メイ君、無事で何よりだった」
「本当に、ご心配をおかけしました」
「しかし、無茶をする…… なんでも、完成版のOSを待たずにリミッターカットを行って戦闘に出したというじゃないか」
「……申し訳ありません。全部、あたしの責任です」
「ん…… 艦長から、1号機のOSの換装は補修も含めて明後日までと言われとる」
「明後日!? 随分な要求ですね」

 会話に割り込んだのは、ガースキーだったが、
 しかし、メイは胸を張って答えた。

「常務、私からもお願いします。やらせてください!」
「うむ。これまでのデータは、報告書を添えて私のところへ。明日の朝、読む」
「はい!」



「………」

 ガースキーと、柔らかな表情で話し合うメイの姿に、無言で踵を返そうとするアニッシュ。
 そのアニッシュを呼びとめる声があった。

「よう、アニッシュ」
「あんたは……」

 ケンだった。

「大丈夫か?」
「何がです?」
「はぁ……」

 ケンはため息をついてこう漏らした。

「要するにだ、今のお前さんは、ほっとけないような顔をしてるってことだ。鏡、見てるか?」
「……自覚は、しています」
「なら……」

 言いかけるケンだったが、アニッシュの表情に言葉を飲み込んだ。
 代わりに、独り言のように言う。

「このフォン・ブラウン市は、何階層にも分かれているが、一番下には工場とジャンク屋ぐらいしかない」
「はぁ……」
「ここのジャンク屋は、モビルスーツの部品なんかも扱っていてな。ドラッツェのパーツなんかも見つかるかも知れんな」
「っ!」



「良かったんですか、隊長。今、ジャンク屋界隈では……」

 アニッシュの後ろ姿を見送るケンに、ガースキーはささやいた。

「分かってる。しかし、彼にはいい刺激になるだろうさ」



「付き合わせちゃって悪いわね、ガースキー」
「いや、本来テスパイをするべき隊長には、こっちの用で動いてもらってるからな。代わりだよ俺は」

 アナハイム社の開発室。
 缶詰になって、働いているメイとガースキー。

「しかしお前さんもがんばるなぁ」
「うん、でも少し手こずりそう」
「コーヒーでも淹れてやろうか?」
「えー、ガースキーがぁ?」

 コーヒーをドリップサーバから淹れるガースキー。

「これでも休日は家事を手伝ったりしてるんだぞ」
「ああ、ガースキーって結婚してるんだもんね。娘さん…… アリシアちゃん、元気?」
「もちろん。元気すぎて困ってるくらいだ」
「いいパパしてるんだね」
「当然だ」

 そしてガースキーはお父さんの目でメイを見る。

「メイ、真面目なのはいいが、たまには息抜きしないと今に燃え尽きちまうぞ」
「いや、大丈夫だから。あたしは……」

 一年戦争を共に生き抜いたガースキーとの会話は心地良い。
 だが、アニッシュとの一件から、それだけではダメだと心の中で何かが語りかけている。

「でも、今はドラッツェを」

 アニッシュとの関係を改善するためにも、今はそれが必要だった。



 ケンの勧めのため、と言う訳でもないが、翌朝、アニッシュの足は自然とフォン・ブラウン市の最下層を目指していた。
 そこで目についた1件のジャンク屋。

「いらっしゃーい。お姉ちゃん、お客さんだよー」
「はーい」

 店内に入ってみると、店番をしていたらしい小学生ぐらいの女の子が、奥の倉庫に居る姉に声をかけた。

「ドラッツェ用の部品がお要りようですかー?」

 奥から現れてくる若い女性。

「ど、ドラッツェ用?」
「あ、あら、連邦軍の少尉さんでしたか。これは失礼しました。では、どんな物が要りようで?」
「それよりも、ドラッツェ用の部品って何だ?」
「あ〜、その、ヒカゲちゃん?」
「もう、お姉ちゃんったら……」

 ヒカゲというらしい少女がノート型の端末をアニッシュの方に向けると、そこでは動画サイトで流出している画像が流れていた。

『スペースノイドの、心からの希求である自治権要求に対し、連邦がその広大な軍事力を行使して、ささやかなるその芽を摘み取ろうとしている意図を、証明するに足る事実を私は存じておる!』

「これは!?」

『見よ! これが我々の戦果だ! このガンダムは、核攻撃を目的として開発されたものである! 南極条約違反のこの機体が、密かに開発された事実をもってしても、呪わしき連邦の悪意を否定できる者がおろうか!』

「くっ……! ん?」

 動画と共に表示される、ドラッツェの製作方法。

「この動画と共に、ネット上にデラーズ・フリートのモビルスーツ、ドラッツェの製作方法が、その制御OSと共に流出しているんです」
「だから最近、ザクとガトルの部品、スラスターポッドなんかを買い集める人が増えてるの」
「そ、そんな、どうして?」
「さぁ、デラーズ・フリートに憧れたホビーモビルスーツマニアか、それとも、デラーズ・フリートに協力しようっていうジオン軍の残党か」
「ぶ、武器はどうするんだ? ここは武器まで扱っているのか?」
「うちはまっとうなジャンク屋ですから、そこまでは…… 闇ブローカーの伝手なんかが無いと無理でしょうね」
「何でも、B−CLUBとかいうブローカーが最近、幅を利かせてるって話だけど」

 姉妹の話に、消沈していたアニッシュは、自分の心の奥底にくすぶっているものがあることに気付く。

「倉庫を見させてもらえますか?」
「え、ええ、いいですけど、ヤードの中のパーツの大半は未整理ですよ」
「だから、掘り出し物があるかも知れない」

 固い決意を見せるアニッシュに、ヒカゲが言う。

「だったら、その制服を汚さないよう、これに着替えたら?」

 引っ張り出されてきたのは、ツナギの作業服。

「奥の部屋で着替えていいから」



 その頃、メイの上司、オサリバン常務は、デラーズ・フリートに協力するシーマ艦隊の長、シーマ・ガラハウ中佐と面会をしていた。

「お待ちいたしておりました。随分と早いお着きで」
「アナハイムも商売が上手いじゃないか。上得意の連邦の艦は第1ポート、こちらは資源搬入港かい?」
「はて? これはお伝えしませんでしたか……」
「フン、今後は連絡を徹底してもらう。こちらの補給艦の入港時に、もしも連邦軍が手ぐすね引いてたら……」

 凄みのある笑みを浮かべるシーマ。

「月にコロニー落としちゃうよ」
「……心得ておきましょう、シーマ様」



 ジャンクヤードで、山と積まれているパーツを、黙々と漁るアニッシュ。
 ついでに確認した部品を、仕分けして行く。

「おにーちゃーん、昼食の準備ができたよー、手を洗って着替えてきてー」

 ヒカゲの声。

「えっ、俺?」
「良かったら、食べて行って下さい。今日はたくさん手伝ってもらいましたし」

 姉、ヒナタにも勧められ、一緒に昼食を食べることになる。
 途中、ヒナタが接客のため、席を外した所でヒカゲが呟いた。

「あーあ、お兄ちゃんのような人が来てくれたらいいのに」
「へ?」
「ここにバイトに来る男の人は、みんなお姉ちゃん目当てで。で、お姉ちゃんの趣味について行けなくて結局辞めちゃうの」
「趣味?」
「アニメ好き」
「……なるほど」

 言われてみると、それらしきグッズが、ちらほらと。

「お姉ちゃん働き者だから、いつ身体を壊すか怖くって」
「そうだな、俺も機械いじりでもして生計を立てて…… でも……」

 そう呟いた時だった、

「甘いぞアニッシュ!」
「ああっ! 窓の外、ジャンクの上に腕を組んで立つあの男の人は!」
「ビーダーシュタット大尉!?」
「いかにも!」

 うなずくケン。
 びしっとアニッシュを指さして、

「己の限界を勝手に決め込んで、挑戦を放棄する…… アニッシュ、お前はいつもそうだ。あの頃から何も変わっちゃいない!」
「ぐっ……」
「店の方を見てみろ、アニッシュ!」



「はい、ザクの左腕マニピュレーターですね、はい、ありますよ。あ、そちらの方はガトル戦闘爆撃機のプロペラントタンク兼スラスターですか……」

 トレーラーで乗り付け、ドラッツェの部品らしき物を買って行く客が幾人か居たが、皆ぎらついた、そう、一年戦争当時のままの顔をしていたように思われた。



「戦争が終わったと思っていたのは勝った連邦軍側だけだ。彼らはまだ、燃え尽きてはいない……」

 ケンの言葉に、己を顧みるアニッシュ。
 連邦が勝ったことで、自分まで勝ったつもりになっては居なかっただろうか?
 自分は最後まで勝てなかったはずだ。
 ジオン軍パイロットに。
 ケン・ビーダーシュタットに。

「……俺の戦いも終わっちゃいなかったんだ」
「ロフマン少尉……」

 アニッシュの背後で声。
 メイだった。

「ケンから連絡があったの。ここにいるらしい、って……」

 ケンはと言うと、いかにしてあのジャンクの上から降りたのか、今は姿を消していた。

「アナハイムの仕事で、忙しいんじゃなかったのか?」
「たまには息抜きしないと、今に燃え尽きてしまう、か……」
「えっ?」
「少しは気晴らしになった? ボスニアに戻ろう」

 少しだけ勇気を出して話すメイだったが、アニッシュは答えなかった。

「ロフマン少尉?」
「今は戻れない。俺にはまだ、やり残している事が…… 深く沈んでくすぶっているものを、俺は!」

 ぎりっと拳を握り締めるアニッシュだったが、メイには笑顔を浮かべて言った。

「必ず戻る。約束するよ。ルスティーン少佐にも、そう伝えて欲しい」
「ロフマン少尉」
「わざわざありがとう!」
「ロフマン少尉、ドラッツェのトライアルは、アナハイムのグレートベア工場です。明日の午前10時に」



「良かったんですか、一緒に帰らなくて」

 昼食が終わり、作業を再開したアニッシュはヒナタに問われるが、首を振る。

「俺はパイロットです。逃げじゃなく、今は自分の出来る事をしたい…… あれ、これは?」
「え? ガトル戦闘爆撃機の増槽ですね。基本、使い捨ての物ですから結構レアですよ。これがあれば行動範囲も、作戦も選択肢が広がります」
「そ、そうですか、じゃあこれを……」
「差し上げますよ」
「え?」
「今日一日、ジャンクヤードの整理を手伝って下さったお礼です。アナハイムの工場にお届けすればよろしいですね」
「ありがとうございます!」



「思ったより多く集まったね。よくもこれだけの兵が眠っていたもんだ」

 フォン・ブラウンの町工場で組み立てられる何台かのドラッツェと、そしてゲルググ。
 忙しく働き続ける元ジオン兵達を眺め、シーマが言う。

「こいつらが星の屑に加われば、我々も助かる」
「デ…… デラーズ・フリートですね」

 瞳を輝かせるのはジェイク・ガンス、ジオン軍元軍曹。
 キワメルに回収された彼だったが、ジェーン・コンティ大尉にこれ以上はデラーズ・フリートに加担しないと聞かされ、失望。
 そんな時、ここフォン・ブラウンにデラーズ・フリートに参加すべく元ジオン兵たちが集まってきていると聞き、ジェーンの元から出奔したのだった。
 そして彼は思いもかけずシーマ中佐とのコンタクトを果たしていた。

「だが ……間に合うかな? 我々の艦は明日出港だ。それに遅れれば作戦には参加できんぞ」
「ぁ、明日?! ぃ、いや、やってみせます」
「期待しよう」



「……ドラッツェ1号機、フルバーニアン、行きます!」

 鮮やかに月面から飛び立つドラッツェ1号機。

「所でフルバーニアンって? 機体はどこも変わって無いと思うんだけど。いや、両肩にスラスターポッドは前から設置されてるけど」
『あああ、それ言っちゃダメだって、ロフマン少尉』

 アニッシュの突っ込みに、慌てるのはメイ。
 彼女のネーミングらしかった。



次回予告
 ドラッツェ1号機はフルバーニアンとなって甦り、アニッシュは再びその傍らに立った。
 その本来の姿に、瞳輝かせるメイ。
 しかし、運命は人へ試練を与える事をやめない。
 メイに…… ケンに…… アニッシュに……
 もつれた糸は緩む事なく、今、月面の攻防の幕を開かせた……



■ライナーノーツ

> 「何でも、B−CLUBとかいうブローカーが最近、幅を利かせてるって話だけど」

 今だとプラモデルが出ているドラッツェですが、昔はバンダイのB−CLUBから出ているガレージキットだけが頼りでした。
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 これとか、MGザクF2用ドラッツェ換装キット (パーツ)とか。


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