かりそめの平和は破られた。
 ジオンを名乗る残党軍部隊は、ルナツーの連邦軍基地を急襲し、1機のモビルスーツ奪取に成功した。
 それは、核弾頭装備のドラッツェ2号機であった。
 この出来事を発端に、波紋は地球圏へと広がってゆく。
 時に、宇宙世紀0083……



機動戦士ドラッツェ 0083 STARDUST MEMORY
第2話「終わりなき追撃」




「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」

 ジム改より2割は軽い機体に、倍以上の推力を持つスラスターの組み合わせ。
 操縦系統こそ搭乗経験のあるザクと同じだったが、アニッシュ・ロフマン少尉はその桁外れの加速性能と対照的に劣悪な運動性に振り回されていた。
 それでも気力で機体をねじり伏せ、ドラッツェ2号機に対して、右腕のマニピュレーターを排除し装備された40ミリガトリング砲を叩き込む。



「フッ! アジなマネを」

 苦笑にも似た笑いを漏らす2号機強奪犯、ケン・ビーダーシュタットだったが、その表情が瞬時に引き締まり、僅かに2号機の左腕にマウントされたシールドを掲げた。
 そこにかすめる銃撃。

「……やったな」

 更にドラスティックな機動を使うドラッツェ2号機。

「邪魔するなぁ!」



「ああぁっ!」

 2号機の動きに翻弄されるアニッシュ。

「ぁぁああぁぁっ! あ!?」

 瞬間的に機位を失い、同時に2号機を見失ってしまう。



「破損箇所の消火を急いで! ルナツー司令部とはまだつながらないの!?」

 アナハイム社の技師、メイ・カーウィンが駆けつけたモビルスーツ搭載型サラミス級、ボスニアのブリッジは混沌としていた。

「メイさん」

 オペレーター席についていたノエル・アンダーソン少尉の声に、現場の熱気に圧倒されていたメイの思考が戻る。

「あぁっ! あたしのドラッツェがーっ!」

 悲鳴を上げるメイ。

「ロフマン少尉! ボスニアのレーチェルよ。2号機の奪還は他のモビルスーツに任せて、すぐに引き返して!」



「無理です! この機動性、他のモビルスーツでは追い付けません…… それにまだ、勝敗が決まったわけではありません! やります!」
『フ…… 意気込みはよし。だが相手がすっかり腕の錆びついたロートルではな』

 回線を介して、2号機のパイロットから通信が入る。
 逆に言うと、連邦側の通信はすべて2号機に筒抜けになっているということだ。

「うわあああぁぁぁっ!」

 デッドヒートを繰り広げる2機だが、流れるように機体を操る2号機パイロットと、機体を力づくでねじ伏せるアニッシュでは、まったく様相が違っていた。



「ガースキー、いや今は中尉殿か。少し着弾が右に流れてる。修正してくれ!」
『了解、狙い撃つぜぇ!』
『私だって!』

 既に連絡船でルナツーを脱出していたジェイク・ガンス元・軍曹は、レーザー通信でガースキー・ジノビエフ中尉とクローディア少尉の二機のリック・ドムIIへ、着弾観測を報告。
 それに合わせて、ガースキーたちはスペースデブリに隠したバズーカを次々に持ち換え、砲撃して行く。



「おおぉぉ……」

 基地を揺るがす砲撃に、ルナツー司令部に、どよめきが走る。

「な、なんだ?!」
「敵艦からのミサイルではありません!」
「重モビルスーツでもいるというのか……!」

 実際にはたった二機のモビルスーツに過ぎなかったが、用意された弾薬が桁外れだったこと、そしてルナツー側に着弾観測をするスパイが潜んでいたことから、そうとは思えない効果を上げていた。
 陽動としては大成功といったところか。



『ロフマン少尉!』
『ぁ……』
『私を敵に回すには、キミはまだ…… 不十分!』
『不十分だとっ! ああっ!?』

 通信機から聞こえて来るケンたちの会話にため息をつくジェイク。

「……ばれると不味いからって、キャラ作り過ぎだぜ、隊長」



『このアナベル・ガトーは3年待ったのだ。貴様達のような分別のない者どもに、我々の理想を邪魔されてたまるかっ!』
「我々の理想……?」
『我々はスペースノイドの真の解放をつかみ取るのだ…… 地球からの悪しき呪縛を我が正義の剣によってな!』
「解放……? なにを?」

 それにしてもこのケン、ノリノリである。



『……ガトー? 現代戦史の教本にあった、あの!?』
『アナベル・ガトー。……ソロモンの悪夢』

 通信機越しに、アニッシュの部下二人の畏怖の呟きが入る。



「アナベル・ガトーって…… いくら正体を誤魔化さなきゃならないからって、本物に失礼じゃないか?」

 ケンの名乗りに、微妙な顔をするジェイク。

「……パチモンの悪夢?」



「こんな戦術レベルの戦いの最中に、何を!」

 反発するアニッシュだったが、ケンはそれを切って捨てる。

『キミも士官だろう! ただの兵でないのなら、大局的に物を見ろ!』
「は、はい……」
『ぁ? ……私は敵だぞっ!』

 呆れたように言い放つケン。
 内心では正体を偽るための大言を吐く自分に苦笑しながらだったが。
 しかし攻撃の手は緩めない。

『所詮は、連邦という看板がなければ何もできんヤツらか……』
「言ったなっ! う、うわあぁぁぁっ!」

 2号機のシールドを使った体当たりに、コントロールを失う1号機。

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」

 スピンした機体を何とか立て直すことに成功したアニッシュだったが、精神的にも肉体的にも疲労の極致にあった。

『ロフマン少尉! ロフマン少尉! どうしたの、返事をしなさい!』

 通信器越しの古なじみ、ノエルの叱咤に意識を現実に向けるが、そこで接近する超遠距離からのリック・ドムIIのバズーカ弾の嵐に硬直する。

「あぁ……」
『ロフマン少尉っ!! ミサイルのシャワーぐらいで今更狼狽えないでっ!』
「っ!?」

 一年戦争当時と同じ、ノエルの叱責で正気に戻るアニッシュ。

「ヌウウ、なめんじゃあねえ!」

 彼の精神テンションは今! 一年戦争時代にもどっていたッ!
 バズーカ弾の雨をかいくぐるアニッシュ。

「一年戦争時代のビリビリとした感覚だ!!」

 肌で戦場の空気を感じ取る。
 これだ、この感覚だった。

『敵は後退しました。これから我々は、掠められた2号機奪還のために追撃します。ロフマン少尉はロイ曹長のジムから予備弾倉を受け取って下さい。いいですね』

 ノエルからの報告。
 その通りにロイとトムのジム改が姿を見せた。

『ゃ、やぁ、少尉。はっはっはっは、ザクがやられたので、ジムで出直しです。トム、参ったな』
『はっはっは、あははっはははは……』

 ばつが悪そうな二人の部下に、無事を確認したアニッシュはほっと息を付く。

『二人とも……』
『さぁ、行って下さい! ロフマン少尉』

 レイチェルからの指示をノエルが伝える。

「おう!」

 気合いを入れ直すアニッシュ。

「よぉし! 給料をタダ取りするなよ! この小隊は俺が預かる!」

 そしてルナツー司令部に通信を入れる。

「こちら教導隊ロフマン少尉! これより追撃戦に移る!」

 返答は、アニッシュの申請を許可するものだったが、

『教導隊! 敵の攻撃により現在、出せる艦はボスニアのみ! モビルスーツ搭載型サラミス級巡洋艦、ボスニアと連絡を密にされたし! 終わり!』

 甚だ不安を煽るものであった。



「レーチェル艦長! 4時方向に接近物体!」
「第六派?」
「ミサイルではありません! ミノフスキー粒子のため、はっきりとは識別できませんが……」
「ジオンの回収艇ね。教導隊に教えてあげなさい!」
「はい!」



『こちらコムサイ。レッド・リーダー、聞こえますか?』

 迎えのコムサイから連絡が入る。

「なんとかな。核弾頭は奪う事ができたよ。ドラッツェ2号機共々ね」
『さすが元モビルスーツ特務遊撃隊、隊長殿。デラーズ閣下も安心されるでしょう』

 その物言いに、わずかに顔をしかめそうになってケンは話を切り上げた。

『お世辞はいい。では合流予定地点で!』



「……惨憺たる有り様ね。戦争が終結してるなんて思えないわ」

 出航作業を進めながら、ルナツーの被害状況に苦い顔をするレーチェル。
 そして、視線をメイに向ける。

「あなた方も物好きね。私たちが試作機を追いかけるのは、任務だからよ」

 そう言うレーチェルに、困ったように肩をすくめてメイは答える。

「それを言うなら、あた…… 私も仕事ですし」

 それから、

「あの少尉さんも心配ですしね」

 と、アニッシュの心配をしてるとも、腕を信じていないとも取れる発言をする。



 ムサイ級巡洋艦キワメルのブリッジ。
 通信士のユウキ・ナカサトが、艦長を務めるジェーン・コンティ大尉に報告する。

「艦長、ビーダーシュタット大尉が作戦に成功しました」
「そう」
「援護のリック・ドムIIの回収が済んだほか、すべて予定通りです。帰路に着きますか?」
「いいえ、ビーダーシュタット大尉のことよ。万が一、コムサイがやられた時の事を考えているんでしょうね」
「えっ? ああ……」
「キワメルを、援護とコムサイの輸送のためだけに、ここに配置したわけでもないでしょ」

 暗い宇宙を見つめながら、ジェーンは呟く。

「ミノフスキー粒子の霧は深くなるわね……」



『ロフマン少尉、追撃に出たのは我々だけですか?』
「そうらしい」
『敵が逃げ込んだ演習地帯はスペースデブリが多い上、ミノフスキー粒子もかなりの濃度ですが、2号機を発見できるのでしょうか?』
「見つけなきゃならんな」
『よしんば見つけたとしても、相手はあのガトー少佐でしょ?!』
『ロイ、静かに』
『そ、そうだ…… 確かあれはパイロット錬成訓練の検定に出たんだ。アナベル・ガトー大尉。ドズル・ザビ中将揮下の宇宙攻撃軍エース・パイロット。そして!』
「ロイ曹長」
『ぁ、はい』
「演習用データを出してくれ。マップNo.103」
『は、はい…』

 アニッシュ達に有利なのは、ここが慣れ親しんだ演習区域であるということだ。

『あいつら、なぜ核弾頭なんか狙ったんだろう?』

 トムの呟きにアニッシュは答える。

「要するに、負けたくせに往生際が悪いって事だ。気をつけろ、この辺りはスペースデブリが多すぎて、隠れるのに不自由しないぞ」
『ぃ!? 居るって事でありますか? トム……』
『わかってる。やるしかないもんな、もう』
『そ、そうだよな。うん』
「ロイ、トム、あまりびびるんじゃない。いつもの通りやればいいんだ。お前たちを殺らせはせんよ」
『『はい』』
「よし、二手に分かれる。俺は単独で先行する。お前たちはツーマンセルで連携を取りながら後に続け」



 そうして、スペースデブリの浮遊する宙域に侵入するジム改だったが、

「ぐあぁっ!?」

 背後からビームサーベルで機体中枢を一突きにされるロイのジム改。

「見えねぇっ! 奴の動きが見えなかった…… 馬鹿なぁ!」
『ロイ!』
「何が…… 起こったんだ。俺…… ミスはしてねぇ」



「センサーに頼り過ぎだ。このドラッツェは、ザクの半分のジェネレーター出力しか持ってない。スラスターを止めれば、熱源センサーも簡単に誤魔化せる」

 スペースデブリにまぎれながら、ケンは呟く。

「そして……」

 ロイを救助に来たトムの背後を取り、再び左腕シールドにマウントされたビームサーベルを振り下ろす。

「無意識に人型を探すから、アウトラインの違う、このドラッツェのシルエットを見逃してしまう」

 すぐにビームサーベルをオフにして、隠してあった核バズーカをスペースデブリから回収。
 コムサイとの合流地点へと向かう。

「もっとも、このシールドも元をたどれば、廃艦になった戦艦の装甲。ジャンクの寄せ集めの機体だから、スペースデブリと見紛うのは無理無いかも知れないがな」



「オーライ、オーライ。大尉! ロックさせたらすぐに発進させます! 連邦はそこまで来ているんですね?」

 コムサイに合流したドラッツェ2号機は、メカニックの先導でモビルスーツ・ラックに固定されようとしていた。

「まあね。曹長、そろそろ連邦の軍服脱ぎたいんだが」
「大尉にはジオンの軍服のほうがお似合いですからね。でももう少しそのコクピットで我慢してもらえますか」
「……まぁ、俺のモビルスーツだからな」



「ん? あれは! レーチェル大尉、レーチェル大尉。ジオンの回収艇発見」

 スペースデブリの影に、コムサイを発見するアニッシュ。

「相手はブースター付きのコムサイだ。一気に制宙圏を突破するつもりか」

 スラスター全開で、コムサイに向かうドラッツェ1号機。



「見つかった! 正面防御! 蹴散らすぞっ!」

 航続距離を伸ばすために改造して付けていた、大気圏脱出用ブースターに点火。
 コムサイはドラッツェ1号機に突っ込む。
 右腕固定の小口径40ミリガトリング砲1門しか持っていないドラッツェ1号機に対し、ガトリング砲2門を正面に装備しているコムサイの方が、火力は上なのだ。



「と、止まれっ…… 止まれえぇぇっ!」

 コムサイの正面から40ミリガトリング砲を打ち込むアニッシュ。
 しかし、いくら対装甲物用の高速徹甲弾を使っているとはいえ、40ミリの小口径では仮にも巡洋艦の一部であるコムサイには歯が立たない。

「や、やる気か? と、止まれぇっ!」

 僅差で交差する2機の機体。

「わあああぁぁぁっ!」



「っ、まぐれ当たり!?」

 すれ違いざまに、ドッキングしたブースターに損傷を受けるコムサイ。

「ブースター緊急排除!」



「弾切れ!? 他の武器は? あ!?」

 ブースターを切り離すコムサイ。
 一瞬後にブースターが爆発を起こす。

「やった…… やったのか?」

 しかし、コムサイのブースターの爆発を抜けて、ドラッツェ2号機が躍り出た。

『おのれ、一度ならず二度までも!』
「う…… く…… 何故2号機を、核を盗んだ!」
『もう貴様なぞに話す舌は持たん! 戦う意味さえ解せぬ男に!』
「それでも俺は、連邦の士官だぁっ!」
『それは一人前の男のセリフだぁっ! トドがぁっ!』
「誰がぁっ!」
『ふん、そんなに欲しければ、これでどうだぁ!』

 いきなり、左腕に持っていた核バズーカを投げ付ける2号機。

「なっ!」

 慌てて、それを受取ろうと、唯一のマニピュレーター、左腕を伸ばすアニッシュ。

『戦いの中で戦いを忘れるとは、貴様、頭脳が間抜けかっ!』

 バズーカを手放し、自由になった2号機の左腕。
 そのシールドの先にマウントされたビームサーベルが、伸び切った1号機の左腕を根元から両断した!

「ぐわぁぁっ!」

 そして、核バズーカは再び2号機の手に。
 絶対絶命かと思われたその時、

『盾だよ! 盾の裏のジェネレーターを狙って!』

 メイからの通信。
 ザクの半分のジェネレーター出力しか持たないドラッツェが、何故ビームサーベルをドライブできるのか?
 秘密は、盾の裏に独立して備えられた専用のジェネレーターの存在があった。

「てあああぁぁぁっ!」

 1号機に残された右腕の40ミリガトリング砲。
 弾を撃ち尽くしたその銃口を、フェンシングの突きのように繰り出すアニッシュ。
 その一撃が、奇跡的に2号機のビームサーベル用ジェネレータを傷つけた。

『く…… 抜かった!』

 2号機の40ミリガトリング砲は既に撃ち尽くしており、唯一残された武装であるビームサーベルを潰されては、戦いようがなかった。

『少尉、覚えておけ! ジオンの中興を阻む者は、いつか必ず私に葬り去られるという事を!』

 捨て台詞を残し、コムサイに収納される2号機。
 こちらも武器をすべて失い、左腕まで無くした1号機のアニッシュに、それを追う事は叶わなかった。



次回予告
 漆黒の宇宙に消えたドラッツェ2号機。
 慰めの言葉もないメイ。
 瓦解したルナツーの空気は、アニッシュの心を荒ませる。
 そして、新しき仲間たちとの対立……
 試作1号機のパイロットは誰か?



■ライナーノーツ

 リック・ドムIIは統合整備計画によって再設計され、全体的にリック・ドムから性能の向上が図られた機体。


 ジム改もジムのリファイン版。
 ジムIIが登場するまで連邦軍の主力モビルスーツとして使われた。


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