ドラクエ2〜雌犬王女と雄犬〜(現実→雄犬に憑依)
第九章 ルプガナの街
「やれやれ、何とか着いたな」
はるばる来たのは、港町ルプガナ。
ここに来るまでの道中は、本当に大変だった。
襲って来る怪物は強さを増し、マリアの風の刃の魔法を連発させないと勝てないし、盾となるリューが負う傷も半端ではなくなった。
持てるだけ持った薬草で傷を治しながらの旅だったのだ。
クライマックスは、海を渡るために、ドラゴンの角と言われる塔の頂上からの決死のダイブ。
風のマントを手に入れていたとはいえ、六階の高さから飛び降りるには、相当の勇気を要した。
結果、見事に滑空して、海を渡る事に成功した訳だが。
ともかく、最後はマリアの精神力が尽きて魔法が使えなくなるほどの戦いを経て、この街に着いたのだった。
「とにかく宿、宿。マリア、大丈夫か?」
「な、何とか大丈夫です。早く一緒に休憩しましょう」
何はともあれ、一目散に宿屋に駆け込む。
いい加減、リューも疲れていたので、マリアにされるがままベッドに引っ張り込まれ、共に休む。
激しい戦闘を体験したため、マリアがPTSD、心的外傷後ストレス障害を起こさないか不安だったという事もある。
心的外傷は、怪我と同じく傷付いた直後に応急処置をすることで、その後の症状を和らげる事ができる。
基本は安心感を与えてやる事で、この場合、リューがしてやれる事と言ったら、一緒に寝てやる事ぐらいだったのである。
「いつも、これぐらい優しくしてくれればいいのに」
「頑張りに応じた優しさをやるのが、俺の教育方針だ。まぁ、頑張れ」
ゆっくり休養を取って、体力を回復させる。
翌朝も、割とゆっくり目に起きて、宿の朝食を摂る。
「白身魚のフライとフライドポテトの組み合わせ、フィッシュアンドチップスか」
「お魚が出る所が港町ですね。それでは、いただきます」
塩と麦芽から作られるあっさりとした酢で味付けをして、食べる。
材料となった魚が新鮮なせいか、旨みがあり、普段は小食なマリアも、これなら結構食べる事ができた。
「さて、これからどうします?」
食後のお茶をまったりと楽しみながら、マリアが問う。
「まずは買い物だな。マリアに合ったいい武具があればいいが」
「それでは、これを飲み終わったら、お買い物に行きましょう」
ゴールドカードを持って、買い物に出かけるリューとマリア。
「ここは武器と防具の店だ。売ってるものを見るかね?」
品揃えは、交易が盛んな港町らしく充実していた。
マリアが使っている、魔導師の杖もここでは扱っていた。
「これは……」
マリアが手に取ったのは、緑色のローブ。
羽のように軽い糸で作られているのに、かなりの強度を持つ生地で作られている。
「身かわしの服だね」
「身かわしの?」
「ゆったりとしたシルエットをしてるだろ。それで、敵の目標を誤らせて、なおかつ動きやすく作られているから、攻撃をかわし易い。生地も軽い割に頑丈だよ」
店主が品を説明してくれる。
「試着させてもらっていいですか?」
「ああ、向こうに試着室がある。着て見るといい」
ローブを抱え、試着室へと入るマリア。
「覗いちゃダメですよ」
「誰が覗くか。さっさと試着しろ」
「うう、リューさん、つれないです」
そんなやりとりをしながらも試着し、その姿をリューに披露する。
「どうです、リューさん?」
「ふむ、ゆったりしている割に、動きやすそうなデザインだな。サイズはどうだ、ぴったりか?」
「……リューさんって女の子の事、ちっとも分かってくれませんね」
「ん? 何か間違ったか?」
「もういいです。これ、下さい」
店主にそのまま買う旨を告げる。
「あいよっ、お嬢さん」
愛想良く応対する店主。
「ゴールドカードを持っているから、割引しておいたよ」
「あ、ありがとうございます」
そうして、武器と防具の店を出るマリアとリュー。
「そうそうマリア」
「何ですか、リューさん」
「とても良く似合ってるな、それ」
不意打ちだった。
「〜っ、ず、ずるいです、リューさん」
「うん? 何がだ?」
マリアの頬が、真っ赤に染まった。
「さて、次は使った薬草の補充だな。道具屋は向いか?」
「もう、待って下さい」
慌ててリューの後を追うマリア。
「ここは、道具屋です。どんな御用でしょうか?」
応対してくれる店主にゴールドカードを見せ、薬草を買い込む。
マリアの肩からかけたポーチに入り切らない分は、リューの身体の左右に振り分けられた革製のバッグに入れる。
「後はどうします?」
「人の話でも聞いてみるか?」
適当に歩き出すと、昼間の野外だというのに、煽情的な格好をした女性が現れた。
「ば、バニーガール?」
そう、造り物のうさみみを付けた、挑発的な恰好をした女性だった。
リューがあっけにとられて見ていると、その彼女はリューの前にしゃがみ込み、わしわしとリューの頭を撫でながら、話しかけてきた。
「ねえ、あたしって可愛い? だったら、ぱふぱふしない?」
「クゥ?」
意味が分からず、首を傾げるリュー。
それをどう受け取ったか、女性はリューの頭を抱きしめて来た。
「可愛いワンちゃんね。それじゃあ、サービスしてあげる」
リューは目の前が真っ暗になった!
「ぱふ、ぱふ、ぱふ。やん、鼻息がくすぐったい」
リューの鼻面は、その女性の豊かな胸の谷間に挟まれていたのだった。
「な、何を……」
「どうも、ありがとう。気が向いたらまた来てね」
飼い主と認識されたのだろう、マリアにそう言って女性は去って行った。
「二度と来させません!!」
怒りの声を上げ、リューを引っ張りながら立ち去るマリアだった。
「全く、破廉恥です!」
「いや、彼女にしてみれば、犬を可愛がってやっただけの認識だろ」
「リューさん、あのヒトの肩を持つんですか?」
「そう言う問題じゃないだろうに」
「わ、私だって……」
急にもじもじし始めるマリア。
「うん?」
「私だって、リューさんが望んでくれれば、そう言う事だってできます」
蚊の鳴くような声だったが、しかし真剣な言葉だった。
何と答えたら良いものか、瞬時考え込んだ刹那だった。
「たっ、助けてっ! 魔物達が、私をっ!」
二匹の魔物に追われた女性が、助けを求めて来たのは。
「ケケケ! その女を渡しなっ!」
魔物の言葉に、マリアは頷いた。
「はい」
「って、マリア!?」
「これ以上、女性をリューさんに近づけたりは、させません!」
「何を言ってるんだ」
「きっとその女性もリューさんに助けられたら、リューさんの虜になってしまうんですっ!」
「どこをどう間違ったらそんな結論になる!?」
言い合いを始めるリュー達を余所に、襲いかかってくる魔物。
「ケケケ、バカなやつ…… お前達も、ここで食ってやろう」
「うるさいです、これでも相手をしていて下さい! 虚ろなる幻影!」
新たに使えるようになった、相手の精神に働きかけ、幻を見せる幻覚呪文を唱えるマリア。
魔物達は、現実と妄想の区別が付かなくなり、その場で幻影相手に暴れ出す。
「これで……」
「馬鹿、油断するな!」
まぐれ当たりの一撃がマリアを襲うが、間一髪、リューが盾になる。
「リューさん!」
「大丈夫だ、お前の事は俺が守るから、呪文で攻撃してくれ!」
「はい。風よ、今こそ集い舞い狂え!」
マリアの唱える風の刃の呪文が、翼を持つ小悪魔二匹を斬り裂いて行く。
小さいが、流石に悪魔の類、一撃では倒せない。
リューがマリアを守り、マリアが呪文で攻撃する。
最初に幻影の呪文がかかったのが良かったのだろう、リューとマリアの連携の前に、小悪魔達は、倒された。
「危ない所を、どうもありがとうございました」
助けられた女性が、マリア達に感謝の言葉を告げる。
「私について来て、どうかうちのお爺様にも会って下さいな」
「ま、まさか、親族に紹介とか、息子さんを下さいとか」
「一体どうやったらそんな考えにたどり着くんだ……」
マリアの妄想に呆れ果てて突っ込むリュー。
「さあ こちらへ」
マリアとリューが連れて来られたのは、港の波止場だった。
「お爺様、ちょっと……」
そこに居た老人に、話しかける女性。
事の顛末を説明する。
彼女が大げさにリューの活躍を口にする度に、マリアはぴくりと反応し、リューの首筋に巻いた腕に力がこもって行く。
「可愛い孫娘を助けて下さったそうで、何とお礼を言ってよいやら。おお、そうじゃ! あなたたちに舟をお貸ししようぞ。このじいにできるのは、それくらいじゃ。どうか自由に乗って下され」
こうして、マリア達は、船を手に入れた。
「はっ、まさか、こうやって懐柔して、船乗りの後継ぎにしようというつもりじゃあ」
「犬を跡取りにする奴が居てたまるか」
マリアはまだ疑心暗鬼から抜け出せないで居たが。
■ライナーノーツ
こちらは東京都交響楽団とすぎやまこういちさんによるオーケストラバージョン。