「パンツァー・アンド・マジック」
第六章 鉄壁に挑む−7
九七式中戦車チハの戦車砲が吠える。
命中!
そして爆炎が上がり、砲撃を受けたM4シャーマン中戦車が慣性で幾分か進んだ後、沈黙した。
炎と煙が晴れるとその側面にはチハの戦車砲では貫けないはずの装甲に穴が穿たれていた。
「撃破!」
戦果を確認した大地は急いで展望塔ハッチから頭を出し後方に叫んだ。
「今だ、エレン!」
「やああああっ!」
九七式中戦車チハの後ろから、半人半獣の異形と化したエレンが車体を押した。
犬神の血が顕れた肉体は看護服がはち切れんばかりに筋肉を浮き立たせ、スカートから覗く両足で地面を踏みしめ正に人外の怪力で勢い良く九七式中戦車チハの車体を押す。
地面を捉える履帯が動き、それが起動輪を回し変速機、クラッチを介してエンジンを動かす。
そして、
「かかった!」
九七式中戦車チハのエンジンが息を吹き返した。
エレンが提案したのは失敗の可能性のある始動モーターによるエンジン始動では無く、最初から押しがけをすることで確実にエンジンを始動させるという手段だった。
無論、軽車両ならともかく九七式中戦車チハほどの重さになると普通なら下り坂などを利用しないと使えないような手だったが、エレンの持つ犬神の力が無理を通した。
「どう、あたしが救いの天使に見えるでしょ」
「ああ、エレン、この世に犬のしっぽが生えた天使が居るならな」
「ええっ?」
力を使ったせいか、エレンの尻にはふさふさのしっぽが伸びていた。
犬のものに似て毛並みの良いそれが、スカートを持ち上げている。
「乗れ、エレン!」
大地は砲塔上のハッチからエレンに手を差し伸べる。
「ええ!」
エレンは獣のように手足を使って走り出した九七式中戦車チハの車体に駆け上がり、砲塔上の展望塔ハッチから大地の手を借りて車内に滑り込む。
それを待って、
「突っ込め!」
大地は檄を飛ばす。
アウレーリアはアクセルを思いっきり踏み込んだ。
最高百七十馬力を絞り出すV型十二気筒ジーゼルエンジンが唸りを上げる。
車体が後ろから蹴飛ばされたように加速した。
一速、二速、三速、四速、回転数を合わせないとなかなか入らない変速機を神業のように遅滞なくクラッチを蹴飛ばしながら操作し最高速度まで上げると、状況を掴めていないのだろう、前進を続けていた三両のM4シャーマン中戦車の間に割り込む。
「これなら撃てまい!」
撃とうにも下手をすれば同士討ちになる。
大地に言わせれば、戦車戦も喧嘩も一緒だった。
自分が殴られないようにして相手を殴っていれば負けることは無い。
「無茶苦茶よ!」
エレンは限りなく悲鳴に近い声を上げるが、大地は冷静だった。
「ゴー・フォア・ブレイクだったか? 当たって砕けろなんだろ」
エレンの言葉をそのまま返す。
「危険が迫ったとき、それから背を向け逃がれようとすると危険は倍になり、敢然と立ち向かえば半分に減る。これが答えだ!」
大地は砲塔旋回ハンドルを回し砲塔を並走するM4シャーマン中戦車へと向けようとするが、
「挟まれるわ!」
砲塔上の展望塔の前後左右に設けられた視察スリットから外を覗いて状況を監視していたエレンが叫んだ。
「緊急制動!」
間髪入れず大地は指示を出す。
「っく!」
アウレーリアはブレーキペダルをいっぱいに踏み込み、急制動をかける。
間に合わず、左右前部で履帯がM4シャーマン中戦車の履帯と当たり火花を散らしたが何とか避けることができた。
頑強なハイマンガン鋼の精密鋳造で造られている九七式中戦車チハの履帯は急な制動にも十分耐えた。
さすがに冷や汗をかいた様子のアウレーリアだったが、気を緩める間もなく大地の指示が飛ぶ。
「離されるな! 距離が空くと撃って来るぞ!」
その言葉に従って、アウレーリアは再度車間距離を空けたM4シャーマン中戦車の間に突っ込む。
とにかく今はただただ全力で駆けるのみ。
「側面を狙って。そこがM4シャーマン中戦車の弱点よ!」
ヨーロッパの戦場を兵士たちと共に潜り抜けたエレンの助言を受けて、大地は戦車砲へ今回の任務に当たり特別に支給された奥の手、三式穿甲榴弾を装填。
「貫け!」
弓なりになる弾道の計算などする必要も無い指呼の間、零距離で発射する。命中!
三式穿甲榴弾は秘匿名称をタ弾と言い、ドイツからの技術提供を受けドイツ人技師二名の協力のもとに造られた成形炸薬弾だ。
火薬により砲弾内で発生する超高速噴流によって装甲を貫通させるもので、その威力は弾速に影響されない。
というよりも弾体が高速で旋転しているとその干渉で効果が阻害されるため、低初速のライフル砲からの発射が望ましい。
正に口径は大きいが短砲身、低弾速の九七式中戦車チハの戦車砲にぴったりの砲弾だった。
弾速に影響されないため射程内ならどんな距離でも五十五ミリの装甲板を貫く。
M4シャーマン中戦車相手でも正面装甲は無理だが側面なら十分に貫通できた。
「撃破!」
その直後だった。
砲撃を受けたM4シャーマン中戦車が大爆発を起こした。
「な、何だ?」
大地は思わず展望塔から車外を監視するエレンを見た。
三式穿甲榴弾は確かにM4シャーマンの装甲を穿つことができるが、ここまで派手な爆発を起こすものではない。
驚く大地にエレンが説明する。
「弾薬庫に引火したのよ。側面はM4シャーマン中戦車最大の弱点なの」
なるほど、そういう意味では九七式中戦車チハの車室中央部も弾薬類が配置されているため、ここを貫通されるのは危険だった。
「残り二両…… なにっ!」
先ほどと同じく敵車両の間に割り込んで砲撃を封じた上で零距離射撃に持ち込もうとした大地だったが、真正面に敵戦車砲口が向けられていたことに目を剥いた。
砲口が真円に見えることはすなわち敵の砲身がまっすぐ自分の方向に向いている証拠なのだから。
■ライナーノーツ
> エレンが提案したのは失敗の可能性のある始動モーターによるエンジン始動では無く、最初から押しがけをすることで確実にエンジンを始動させるという手段だった。
押しがけと言うとバッテリーが上がったバイクなどでは有効な手ですが、バイク人口が減り、押し掛けのできないスクーターが増えた昨今では知っている人も少ないという状況に。