「パンツァー・アンド・マジック」
第二章 旅立ち−6
「アメリカ陸軍看護軍団所属、エレン・マツナガよ」
言われてみれば、彼女の制服には赤十字の徽章が付けられていた。
看護服、相手は非戦闘員だ。
大地はそれを認めて、機関銃の射線を外した。
「異界化した日本の調査団に通訳として同行したの」
そう名乗る相手に、大地は首を傾げた。
「松永? 日本人と関係が?」
金髪碧眼の彼女はとてもそうとは見えないが、相手は最初から日本語を話していた。
大地は今更それに気づく。
「父親が日本からの移民でね。でもあたしはアメリカ人よ」
そこだけは譲れないという口調でエレンが言う。
「日系アメリカ人か」
納得した大地は砲塔上の展望塔ハッチから降りる。
その前に腰のホルスターに納められた拳銃の銃把に弾倉を挿入し、銃のボルトを引いて初弾を薬室に装填した上で安全装置をかけ、いつでも撃てるようにするのは忘れなかったが。
大地の手を借りて車体左前方ハッチから次いで楓が、そしてアウレーリアが降りる。
楓を見たエレンはキモノを着た若い女性が戦車に乗っていたことに驚き、次いで銀髪、すみれ色の瞳のアウレーリアにどうして西洋人の幼女が乗っているのかと思ったのだろう目を剥いた。
「俺は畑野大地。階級は伍長」
大地は相手の目を見て名乗った。
その背後で柏手を打ち、簡単に悪霊を払った楓が次いで頭を下げる。
「腰を折った?」
驚くエレンに、楓は小さく首を傾げた。
そこにアウレーリアが口を挟む。
「日本のあいさつでお辞儀というのじゃよ。父親が日本人なのに知らぬのかえ?」
「え、ああ…… 父さんもアメリカに馴染むのに苦労したようだったから、日本のことは言葉ぐらいしか」
口ごもるエレンに、楓は名乗った。
「荷田楓。見てのとおり……」
と巫女装束を示してから、それが意味のないことに気付いた様子でばつが悪そうに言葉を続ける。
「と言っても分かりませんか。巫女をしております」
「ミコ?」
「日本の神を祀る者です」
「修道女(シスター)みたいなもの?」
エレンの中では、楓はそのような位置づけになったようだ。
次いでアウレーリアが名乗り出る。
「アウレーリア・バーゼルト。日本政府に協力しておる者じゃ」
アウレーリアは天人だということを省いて言った。
おそらく説明が面倒くさいからだろうと大地は推測する。
「女性戦車兵…… ソビエト連邦軍には居たと聞くけど、こんな子供が?」
エレンがつぶやきを漏らした。
ともかく、
「調査というが、仲間は?」
大地が尋ねると、エレンは悔しげに唇を噛んだ。
「全員、悪霊に取り憑かれて味方を襲い出して…… 最後の仲間もこのありさまよ」
地面に倒れ伏す元同僚を示して言う。
「正直、あたしだけが助かったのが不思議なくらい」
「まぁ、いい度胸をしているとは思うがな」
非戦闘員の看護婦であるにも関わらず拳銃を手に戦車相手にも退かないで見せたエレンに大地は言う。
「ここまで生き残って来られたのはそのしたたかさのお蔭か、それともよっぽど強運の星の元に生まれたのか」
「もちろん答えは両方よ。片方だけの人間なんて居るのかしら?」
間髪入れずにエレンは答える。やはり度胸がいい。
しかし、その言葉に楓が眉をひそめた。
「何か、特殊な血を受け継いでいるような気がしますが」
「えっ?」
楓はどことなく、ぎくしゃくした様子で答えた。
「いえ、何となく苦手と言いますか、霊的に私と合わない感じがするんです」
「レイテキ?」
意味が分からずエレンが首を傾げると、その大きな質量を持つ見事な胸がゆさりと揺れる。
それを見たアウレーリアがしたり顔でうなずく。
「なるほど……」
「違いますっ!」
楓は己の胸元を憐れむように見るアウレーリアに、顔を真っ赤にして否定する。
訳が分からず首を傾げる大地をよそに、仕切り直しとばかりに神妙な表情をして、楓は説明する。
「今、日本は大異変により霊気の密度が異様に高まっています。ここでは私たちのような力を持つ者は能力を何倍にも拡大される……」
楓はエレンに問いかける。
「貴方にも感じられませんか? 自分の内なる力、それがもたらす何らかの感覚が」
「あたし、は……」
エレンは思い当たる節でもあったのか、困惑した様子で言葉を詰まらせる。
だが、異様な気配が突如として高まり、エレンの背後の土が盛り上がった。
手足を備えた巨体は、
「鬼!?」
そうとしか呼びようのない土くれ、いや岩石の巨人。
その振り上げられた腕が、エレン目がけて振り下ろされ……
■ライナーノーツ
>「女性戦車兵…… ソビエト連邦軍には居たと聞くけど、こんな子供が?」
はい、ソ連には実際女性戦車兵が居ました。
私はこちらのマンガのイラストコラムで知りましたが、