「パンツァー・アンド・マジック」
第二章 旅立ち−3
「森妖精は精霊魔術の使い手じゃからな。万物に神が宿るという、この国の神道に通じるものがあるのじゃろう」
アウレーリアが補足してくれる。
「ただし、本来はここまでの力を持つ術ではない。大異変により霊気の密度が異様に濃くなったこの国だからこそ、できることじゃ」
「はぁ」
大地は、ただただ感心するしかない。
そして楓は神について噛んで含めるように教えてくれた。
「私たちはお日さまや豊かな水、穀物や野菜、果物など素晴らしいものに恵まれて暮らしていますよね。だから日々神様に感謝しながら暮らすのです。神様というのは荒魂と和魂に表されるように、ときにすべてを滅ぼし、ときにすべてを与えてくれるとても厳しくとても寛容な方々で、この自然を織りなす神羅万象そのもののことなんですよ」
そう語る楓の表情は八百万の神に仕える巫女に相応しく神懸ったかのように静謐で、神と地と人と、万物を識る者が居ればこの少女のような姿をしているかもしれないと、そう大地に思わせた。
「楓、良ければ種を集めてくれ」
「はい、それでは」
楓が優雅な所作で柏手を打つと、今度は一斉に菜種の実が弾け、種が勢いよく一か所に向かって飛んで行く。
「『種子連弾』という、本来植物の力を利用した攻撃方法だそうですが。今は威力を加減しています」
楓が説明する間に、菜種の実が山盛りに積み上がる。
「では、抽出」
アウレーリアが命じると菜種から一斉に油分が絞り出され、金色にきらめく菜種油が宙に浮く。
「なっ!」
「精製」
再びアウレーリアが命じると、油からドロドロとしたものが分離され、油の粘度が目に見えて低くなる。
「これで良いか。分離したグリセリンを捨てるのももったいないが、ここでは使い道が無いし致し方あるまい。大地、燃料油の注入口を開けてくれるかの」
「あ、ああ」
大地は慌てて九七式中戦車チハの燃料補給蓋を開けた。
そうすると、アウレーリアの意志に従っているのだろう。
精製された燃料油が燃料槽に注ぎ込まれて行った。
「これって……」
言葉を失う大地に、アウレーリアは涼しい顔をして告げた。
「申しておったであろう。妾は錬金魔術師じゃと。単なる化学処理など、容易いものよ」
「錬金って、本当に金を作れるっていうのか?」
驚く大地に、アウレーリアは何を今更といった表情で説明する。
「卑金属から貴金属、特に金を精錬しようとするのが錬金魔術よ。それを成すには元素変換が必要となるし、そこまで至れるのはほんの一握りじゃが」
その一握りがアウレーリアなのだろう。
彼女は誇らしげに語った。
「まぁ、この世界の化学に関する知識は進んでおって、妾も大いに学ばせてもらったがの」
満足げに笑う。
知識に、それも錬金魔術師であることにこだわる彼女にとっては大事なことなのだろう。
大地には、彼女が日本政府に協力している訳が分かったような気がした。
アウレーリアは上機嫌で言葉を続ける。
「代わりにと言っては何じゃが、この国の科学者に錬金魔術の手ほどきをさせてもらったが」
それで大地も思い至った。
「それがこの国を支えている秘密という訳か?」
「ほう?」
アウレーリアが感心したように笑う。
大地は確信した。
「大体、おかしいとは思っていたんだ。戦争で生産力が落ちた上に大異変で化け物が徘徊するようになった現状で、贅沢とはいえなくとも腹いっぱい食えるだけの食料が供給され、戦車やトラックの燃料がまかなえる」
不思議に思ったものだったが。
「つまりはそういうことだったんだな。楓のような巫女が食料を増産し、その錬金魔術とかいう技で燃料油を造り出す」
アウレーリアは、嬉しくてしょうがないとでもいうように、満面の笑みを浮かべてうなずいた。
「そのとおり。良く理解したのう。これで、この旅に妾と楓が同行した訳も理解できたであろう?」
確かに。この二人さえ居れば燃料の補給には事欠かないだろう。
ただ、どうして京都に向かわなければならないのかは分からなかったが。
「とにかく、楓の稲荷寿司を頂くとしよう」
アウレーリアの勧めで木陰に移動した大地たちは稲荷寿司で昼食を摂ることにする。
楓が周囲を簡単に清めてくれたので並みの化け物では近づけない。
それ以上の力を持つ相手なら気配で気付かない訳が無いため、安心して食べることができた。
まぁ、万が一もあるので準備は怠らないが。
「大地さん、その瓶は何ですか?」
楓が、大地の手元に置かれた瓶に気付いて聞いて来る。
「ああ、これは火炎瓶だ」
大地はそれを手に取って説明する。
サイダーの瓶などを用いた急造のものではない。
日本帝国陸軍制式のものだった。
三百ccの薬剤が入れられた瓶に、発火のための信管で蓋をしてある。
「異界の化け物でも火を怖れるのは普通の獣と一緒だろ。もし現れたら、これを投げつけて怯んだ隙にチハまで逃げればいい」
大地は戦車兵なので自衛のための拳銃も持っているが、口径八ミリの拳銃弾では化け物相手には心もとない。
火炎瓶で目眩しをかけて、さっさと逃げた方が無難だろう。
手札は何枚だって持つものだ。切り札となりうるなら、なおさら。
「あ、そういうのなら私も持ってますよ」
楓が巫女装束の懐から三枚の札を取り出す。
その際にちらりと覗く白い胸元が、大地には眩し過ぎた。
袖の袂にでも入れてくれればいいのに、と大地は思う。
楓は何やら呪(まじな)いが書かれた札を手に説明する。
「水を出したり、炎を出したり」
「三枚のお札かよ!」
大地は子供の頃に聞いた昔話を思い出し、つい突っ込んでしまう。
その隣で、アウレーリアは興味深げにつぶやいた。
「呪物を投げることで魔物の類から逃れる。古事記に著されたイザナギ神の黄泉国訪問神話にも見られる呪的逃走というやつじゃな」
■ライナーノーツ
>「ああ、これは火炎瓶だ」
これは、こちらの同人誌『日本の手投弾薬 1』に図面が載っています
また、この同人誌の作者様は、使用説明書を含むカラーイラストを、このように公開していらっしゃいます。